再登校=ゴールだと思っていた
息子が保健室登校を始めた日、私は心の中でガッツポーズをしていました。
週に1回、30分だけ。プリントをもらいに行くだけ。それでも「学校に行けた」という事実が、半年以上真っ暗だった私の世界に光を差し込んでくれたのです。
このまま少しずつ増やしていけば、教室に戻れる日が来るかもしれない。そう思うだけで、夜眠れるようになりました。
でも、その期待が曲者でした。「学校に行けた日」は天国で、「行けなかった日」は地獄。出席と欠席に心を丸ごと振り回される日々が始まったのです。
不登校の経験者のお母さんが書いた本を読んでいて、再登校してからの方がしんどかった、という話に頷きすぎて首がもげそうだった。うちもそうでした。息子が学校に行けた日は世界が明るくて、行けなかった日は私まで布団から出られなくなる。行けるかもしれないと思えるようになった分だけ、行けなかった時の落差がきつくて。
復帰した後に起きた3つの壁
保健室登校から少しずつ教室に顔を出せるようになった頃、予想していなかった壁にぶつかりました。
壁①:約束を破られた日、息子が閉じた
息子が教室に入る条件は、「1時間だけ」でした。それ以上は無理。先生もそれを了解してくれていました。
でもある日、担任の先生から「今日は調子よさそうだから、もう少しいけそうですよ」と連絡が来ました。私は「じゃあお願いします」と言ってしまった。少しでも長くいられるなら、という親の欲が出たのです。
帰ってきた息子の顔を見て、すぐに失敗だったと分かりました。それから数日、また部屋から出てこなくなった。
。先生が「もう少しいけそう」と言っても、親が「1時間の約束なので」と守らせる側に立たないといけなかった。たった1回の約束違反で、積み上げてきた信頼が崩れる。それを身をもって知りました。
壁②:先生の何気ない一言
教室に戻り始めた息子が、ある教科だけは「どうしても出られない」と言いました。理由は聞いても「分からない。ただ無理」としか答えない。
勇気を出して担任に電話したら、返ってきたのはこんな言葉でした。
「この教科は皆さん嫌でも受けていますからね。嫌だからといって出ないというわけにはいかないんです」
正論です。間違ってはいない。でも、やっとの思いで教室に戻り始めた子に、その正論がどれほど重いか。電話を切ってから、私の方が動けなくなりました。
これは先生が悪いのではなく、復帰した子の状況を事前に共有できていなかったのが原因だと今では思います。「この子は今こういう状態です」「これだけは言わないでほしい」——そういう具体的な情報を、こちらから先に伝えておけばよかった。
壁③:「また行けなくなるかも」という親の恐怖
息子が学校に行けた日も、私は安心できませんでした。
帰ってくるまでの間、ずっとスマホを握りしめている。「学校から電話が来たらどうしよう」「今日は最後まで持つだろうか」。仕事中もそればかり考えて、集中できない。
息子が元気に帰ってきても「明日も行けるかな」と考えてしまう。再登校した後の方が、完全な不登校の時より精神的にきつかったかもしれません。完全な不登校の時は「行けない」と割り切れた。でも「行けるかもしれない」状態になると、毎朝が賭けのようでした。
回復のサインを見逃さないで
振り返ると、息子が本当に回復に向かっていた時には、いくつかのサインがありました。
- 「ヒマ〜」と言い出した:部屋に閉じこもっていた頃は「ヒマ」とすら言わなかった。退屈を感じられるのは、心にエネルギーが戻ってきた証拠でした
- 昼夜逆転が自然に戻った:無理やり朝起こすのをやめた後、しばらくして自分から朝起きるようになりました。息子の中に「今は休む」「今はちゃんとする」というスイッチがあったのだと思います
- 自分から外出するようになった:コンビニに行く、友達と遊びに出かける。小さなことですが、外の世界への恐怖が薄れてきたサインでした
- 勉強の話を嫌がらなくなった:以前は「勉強」の文字を見るだけで不機嫌になっていた息子が、通信講座のタブレットを自分で開くようになりました
大切なのは、これらのサインが出ても焦って次のステップを急がないこと。「ヒマと言ったから学校行ける」「外出できたから教室に戻れる」ではありません。回復には段階があり、その段階を飛ばすと一気に後退します。
私の場合——再登校した後の方が、完全な不登校の時よりしんどかったかもしれません。「行けるかも」と「行けないかも」の振り幅に毎日揺さぶられて、仕事中もずっとスマホを握りしめていました。
再発を防ぐために親ができること
学校との連携を「具体的に」する
「見守ってください」ではなく、具体的なお願いを言語化することが大切です。
- 「1時間と決めたら、本人が大丈夫そうでも1時間で帰らせてください」
- 「”皆も頑張ってる”系の声かけは、今の段階では逆効果になるので控えてほしいです」
- 「できたことを褒めてもらえると、次の日も行こうと思えるみたいです」
私は最初、先生に「お任せします」と言っていました。でもそれは丸投げと同じでした。先生は不登校の専門家ではない。子どもの状態を最もよく知っている親が、具体的な情報を伝えることが、結果的に子どもを守ることになります。
通信講座という「保険」を持っておく
再登校がうまくいかなかった時のために、学校以外の学びの選択肢を用意しておくことも重要でした。
我が家の場合、中学3年の4月から通信講座(進研ゼミ)を始めました。息子が学校に行けない日でも「今日はタブレットでやればいい」と思えることで、私自身の不安がかなり軽くなりました。
「学校に行けなかったら終わり」ではなく、「行けなくても学べる道がある」と知っていること。それだけで、毎朝の恐怖が少し和らぎます。
親自身のメンタルケア
再登校期の親は、完全な不登校期とは違うストレスを抱えます。「行けるかも」「行けないかも」の振り幅に毎日揺さぶられるからです。
私はこの時期、市の無料相談窓口に定期的に通いました。「今日は行けました」「今日はダメでした」——その報告をするだけでも、一人で抱え込むよりずっとマシでした。
息子が「自分で学校に行く」と決めた日
中学3年の始業式の朝、私は起こしに行きませんでした。
いつもなら6時50分に部屋のドアを開けて声をかけるのですが、その日はやめました。正直、怖かった。でも「口出しをやめる」と決めた以上、ここで揺らぐわけにはいかなかった。
しばらくして、息子が自分で起きてきました。制服に着替えて、「行ってくる」とだけ言って玄関を出ていった。
私は玄関のドアが閉まった後、キッチンの壁にもたれてしゃがみ込みました。嬉しいというより、「信じてよかった」という安堵でした。
中学3年の1年間、息子は始業式から毎日自分で起きて学校に通いました。通信講座で基礎学力を固めながら、高校受験の勉強を進め、最終的に全日制の高校に合格。今は高校生として、自分の好きなことを楽しみながら過ごしています。
まとめ:再登校はゴールではなく、新しいスタート地点
不登校からの再登校は、親にとって「やっと終わった」と思える瞬間かもしれません。でも実際には、再登校した後にこそ、親の出番があります。
- 学校との約束を守らせる側に立つ
- 先生との情報共有を具体的にする
- 回復のサインを見逃さず、焦らない
- 学校以外の学びの選択肢を持っておく
- 親自身のメンタルケアを怠らない
もし今、お子さんが再登校し始めて「また行けなくなったらどうしよう」と不安を抱えているなら——その不安は、あなたがお子さんのことを真剣に考えている証拠です。
焦らなくて大丈夫。回復には波があります。進んだり戻ったりしながら、少しずつ前に向かっていく。その波に振り回されないように、親が先に安心できる環境を整えることが、いちばん大切だと感じています。
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みっこの本音——「また行けなくなるかも」を手放せない私
正直に言うと、息子が高校に通えている今でも、朝「行ってきます」の声が聞こえないと一瞬ドキッとします。あのトラウマは簡単には消えないんだなぁと。でも息子が自分で起きて、自分で学校に行く姿を見るたびに、少しずつ薄くなっている気もします。少しずつ、です。
- 再登校=ゴールではない。「また行けなくなるかも」という不安は当然
- 復帰後に起きる3つの壁:周囲のプレッシャー/親の焦り/本人の自信のなさ
- 回復のサインを見逃さない(疲れた表情・口数の減少・睡眠の乱れ)
- 親ができること:見守る姿勢/焦らせない/小さな変化を認める
- 息子が「自分で学校に行く」と決めた日が本当のゴール


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