朝6時半。アラームを止めて、しばらく天井を見つめる。そしてゆっくり起き上がって、息子の部屋の前まで歩く。ドアノブに手をかけて——止まる。
ノックしようか、しないでおこうか。声をかけたら、また「……」って無言が返ってくるかもしれない。あの重たい沈黙が怖くて、私は毎朝、息子の部屋のドアの前で立ちすくんでいました。
不登校が始まってから半年くらい経った頃のことです。最初の頃は「今日こそ行けるかも」と期待して声をかけていたのに、いつしか声をかけること自体がつらくなっていた。あの頃の私は、毎朝がくるのが怖かったんです。
でも、あるとき声かけの仕方を変えてみたら、朝の空気が少しずつ変わっていきました。この記事では、私が実際にやっていた声かけの何がダメだったのか、どう変えたのか、そしてその後どうなったのかをお話しします。
「今日は学校行く?」が子どもを追い詰めていた理由
毎朝、私は息子にこう聞いていました。
「今日は学校行く?」
何気ない一言のつもりでした。「行ってほしい」と直接言うよりはマシだろう、聞くだけなら本人の意思を尊重しているだろう、と思っていました。
でも、この問いかけには「行く」か「行かない」かの二択しかないんです。そしてどちらを答えても、子どもは追い詰められる。
「行く」と答えれば、行かなきゃいけないプレッシャーがかかる。起立性調節障害で体が動かない朝に、自分で「行く」と言ってしまったことが重荷になる。
「行かない」と答えれば、「また行けなかった自分」を毎朝、自分の口で宣言させられることになる。
当時の私はそこまで考えが及んでいませんでした。息子がだんだん朝の声かけに反応しなくなっていったのも、「反抗期かな」くらいに思っていたんです。
あとになってSNSで見かけた言葉に、ハッとさせられました。「行けないのは甘えじゃなくて、心が動けないだけ」——この一文を読んだとき、ようやく息子の沈黙の意味がわかった気がしました。
行きたくないわけじゃない。でも心も体も動かない。そんな状態の子に、毎朝「行くの?行かないの?」と聞き続けていたんです。あれは質問の形をした、無意識のプレッシャーだったと今は思っています。
声かけを「今日はどうしたい?」に変えた日のこと
転機は、不登校の親向けの支援会で聞いた一言でした。
同じように子どもの不登校で悩んでいたお母さんが、「うちは『今日はどうしたい?』って聞くようにしたら、子どもが少しずつ自分から話すようになった」と教えてくれたんです。
「学校に行くか行かないか」ではなく、「今日一日をどう過ごしたいか」を聞く。たったそれだけの違いなのに、子どもに渡される選択肢の幅がまったく違うんですよね。
「ゲームしたい」でもいい。「ゆっくりしたい」でもいい。「ちょっとだけ勉強してみようかな」でもいい。正解も不正解もない問いかけだから、子どもは安心して答えられる。
私がこの声かけに変えた最初の朝のことは、今でもよく覚えています。
いつもどおり息子の部屋のドアの前に立って、深呼吸をして、ノックして。そして「今日はどうしたい?」と聞きました。
正直、何も変わらないだろうと思っていました。でも息子は、布団の中からぼそっと「……わかんない」と答えたんです。
たった一言。でも、あの「……」しか返ってこなかった朝が何ヶ月も続いていた私にとって、それは本当に大きな変化でした。「わかんない」は「行かない」じゃない。少なくとも、考えてくれている。
それから数日後、息子が「今日は……漫画読みたい」と答えた朝がありました。私は「いいね、何読むの?」と返しました。取り立てて特別なやりとりではないかもしれません。でも、朝に息子と普通の会話ができたのは、本当に久しぶりのことだったんです。
朝がつらいのは親も同じ——私が毎朝感じていたこと
不登校の情報を調べると、「子どもの気持ちに寄り添いましょう」「朝は無理に起こさないで」というアドバイスがたくさん出てきます。それは正しいと思います。でも、親だって毎朝つらいんです。
目が覚めるたびに最初に考えるのは、「今日はどうだろう」ということ。朝を迎えるのが怖い——SNSでそう書いている方がいて、まさに私もそうだったと思いました。毎朝、学校のことが頭から離れない。それがずっと続くと、親の心も少しずつ削られていきます。
シングルマザーの私には、朝のつらさを共有できる相手がいませんでした。元夫には頼れないし、親族に話しても「ちゃんとしなさい」と言われるだけ。「私の育て方が悪かったのかな」と、毎朝自分を責めていた時期もあります。
特につらかったのは月曜日の朝です。土日を挟んで、少し元気そうに見えると「もしかしたら明日は……」と期待してしまう。でも月曜の朝になると、やっぱり動けない。4月の新学期は特に長く感じました。「新しいクラスなら変われるかも」という期待が大きい分、行けなかったときの落差が激しくて。
ある朝、息子が「学校行きたい」と言ったことがありました。心の中でガッツポーズしたのを覚えています。でも、いざ朝になると起き上がれない。行きたい気持ちはあるのに体がついてこない。それを見ているのが、何よりつらかった。「どうしたいのかな、この子は」と思いながら、私にできることは待つことだけでした。
だからこそ思うんです。親自身の「朝がつらい」という気持ちも、否定しなくていい。子どもに寄り添うために、まず親が自分の気持ちを認めることが必要だったんだと、今になって感じています。
ママ友から聞いた「うちの朝」——それぞれの工夫
声かけを変えてからしばらくして、同じように不登校の子を持つママ友たちと話す機会が増えました。みんなそれぞれ、朝の過ごし方を工夫していて、「正解は一つじゃないんだな」と気づかされました。
声をかけない朝を作ったAさんの場合
Aさんは、「あえて声をかけない朝」を作ったそうです。毎朝毎朝声をかけること自体がプレッシャーになっていると感じて、週に2日は何も言わずにリビングで朝ごはんだけ準備しておく。すると、お子さんが自分のタイミングで起きてきて、何も言わずに食べ始めることがあったそうです。
「声をかけないのも不安だったけど、子どもなりのペースがあるんだなって思えた」とAさんは話していました。
朝のルーティンを変えたBさんの場合
Bさんは、朝の声かけの代わりに「好きな音楽を小さい音量でかける」ことにしたそうです。お子さんが好きなアーティストの曲を、リビングでうっすら流しておく。「学校」という単語を朝から出さないための工夫だったと言っていました。
「行くも行かないも途中で帰るも全部マル、って思えるようになってから楽になった」というBさんの言葉は、私の中にもすっと入ってきました。
「でーんと構える」を目指したCさんの場合
Cさんは先輩ママから「親はどうなったっていいように、でーんと構えておけばいい」と言われたのがきっかけで、朝の過ごし方を変えたそうです。
具体的には、子どもが起きてくる前に自分の好きなコーヒーを淹れて、5分だけ一人の時間を作る。「自分が落ち着いていないと、子どもにも伝わるから」というCさんの言葉には、深くうなずきました。
みんなの話を聞いて思ったのは、完璧な声かけなんてないということ。子どもによって、その日の体調によって、響く言葉は違う。大事なのは「学校に行かせるための声かけ」ではなく、「今日一日を一緒に過ごすための声かけ」なんだろうなと思いました。
声かけを変えてから変わったこと
声かけを「今日はどうしたい?」に変えてから、劇的に何かが変わったわけではありません。息子がすぐに学校に行けるようになったわけでもないし、朝がいきなり明るくなったわけでもない。
でも、小さな変化は確かにありました。
まず、朝の沈黙が減りました。「わかんない」「ゆっくりする」「ちょっとゲームしたい」——短い言葉でも、息子が朝に口を開いてくれるようになった。それだけで、朝の空気が少し柔らかくなりました。
次に、私自身の気持ちが楽になりました。「学校に行くか行かないか」を毎朝確認するのは、親にとってもストレスだったんです。「どうしたい?」と聞くようになってからは、息子の返事がどうであれ、「今日一日をどう過ごすか」という前向きな話ができるようになりました。
そして、少しずつですが息子が自分で一日の過ごし方を考えるようになりました。「午前中はゆっくりして、午後にちょっと勉強してみる」と自分から言い出した日は、嬉しかったです。それが毎日続くわけではないけれど、自分で決められるということ自体が、息子の自信につながっていったように思います。
結果的に、息子は通信講座で自分のペースで勉強を再開し、高校に合格しました。もちろん声かけを変えただけで全部がうまくいったわけではありません。でも、あの朝の問いかけを変えたことが、親子関係を立て直す小さな一歩だったのは確かです。
私の場合——声かけを変えてから初めて息子が「……わかんない」と答えた朝、泣きそうになりました。何ヶ月も沈黙だったのに、たった一言でも返ってきたことが嬉しくて。小さな変化なんだけど、私にとっては大きかった。
声かけのテクニックを変えても、息子は動かなかった
正直に書くと、声かけを変えるだけでうまくいったわけではありません。
不登校について調べ始めた頃、育児書やネットの情報をかき集めて「褒め方」「言い換え」「共感の仕方」を必死に勉強しました。「否定語を使わない」「Iメッセージで伝える」——テクニックはたくさん覚えました。
でも、息子はびくとも動かなかった。
後から思えば当然です。言葉の表面だけ変えても、私の中にある「なんとか学校に行ってほしい」「勉強してほしい」という本音は変わっていなかった。子どもはそういう親の本音を、びっくりするほど正確に見抜いています。
声かけが本当に機能し始めたのは、私の本音そのものが変わってからでした。通信講座で学習の環境が整い、「学校に行かなくても学べる道がある」と腹落ちした時、自然と口出しが減った。口出しが減ったら、テクニックなんか使わなくても、息子との朝の空気が変わっていったんです。
つまり、声かけのテクニックより先に、親の不安を減らすことが大事だったのだと思います。
まとめ:朝の問いかけを変えるだけで、親子の空気が変わる
不登校の朝は、親にとっても子どもにとっても重たい時間です。
でも、声かけの仕方を少し変えるだけで、その重さが和らぐことがあります。
「今日は学校行く?」という問いかけは、「行くか行かないか」の二択を迫っています。
「今日はどうしたい?」という問いかけは、子ども自身に選択肢を渡しています。
たったこれだけの違いですが、私たち親子にとっては大きな転換点でした。
もちろん、これが正解というわけではありません。声をかけない日があってもいいし、音楽を流すだけの朝があってもいい。「学校に行かせるため」ではなく「今日をどう過ごすか」に目を向けること——それだけで、朝の空気は少しずつ変わっていきます。
今まさに不登校のお子さんとの朝に苦しんでいる方へ。あなたが毎朝お子さんのことを考えている、それだけで十分すごいことだと私は思っています。完璧な声かけなんてなくていい。今日の問いかけを、ほんの少しだけ変えてみませんか。
みっこの本音——毎朝のドアの前で
息子の部屋のドアの前に立つ毎朝が、一日で一番つらい時間でした。ノックするのが怖い。でもしないと罪悪感がある。あの板挟みを経験しているお母さんがどこかにいるなら、「わかるよ」とだけ言いたい。声かけのテクニックも大事だけど、毎朝ドアの前に立ち続けているだけで、あなたは十分頑張っています。
- 「今日は学校行く?」は質問の形をした無意識のプレッシャー。行く/行かないの二択で追い詰めてた
- 「今日はどうしたい?」に変えたら、子どもに渡される選択肢が広がった
- 「ゲームしたい」「ゆっくりしたい」「わかんない」——どれでもOKの問いかけが、朝の空気を変えた
- 親も毎朝つらい。自分の「朝がつらい」気持ちも否定しないでいい
- 月曜/新学期の期待と落差に親の心も削られる。1人で抱え込まないで


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