仕事を辞めれば貧困、続ければ子どもが心配──シングルマザーの終わらない板挟み
シングルマザーにとって、子どもが不登校になるということは、人生の土台が揺らぐような出来事です。
「学校に行けない子どものそばにいてあげたい。でも仕事を辞めたら、明日の生活すら危うい。」
この板挟みは、パートナーがいる家庭とは比べものにならないほど深刻です。相談できる相手もいない。頼れる親族もいない。息子が寝た後に一人で泣いた夜は数え切れません。本当にしんどい時期は泣かなかった日の方が少ないんじゃないかな…。
私は40代のシングルマザーです。息子が幼稚園の時に離婚し、以来ずっと一人で育ててきました。難関私立中学校に合格した息子が起立性調節障害から不登校になり、最終的には退学。その渦中で、私自身もうつ病を発症しました。
「仕事を辞めて子どもと向き合う」か「仕事を続けて経済的安定を守る」か。私はそのどちらでもない、第三の道を選びました。
仕事中にスマホが震えると、心臓が跳ねました。「また学校からだ」——画面を見る前に、胃がキュッと縮む感覚。トイレに駆け込んで電話に出ると、「今日も欠席です」の一言。ホッとしたのか、がっかりしたのか、自分でも分からない感情のまま、顔を洗って席に戻る。その繰り返しが、毎日でした。
辞めようかと何度も思いました。でも辞めたら収入がなくなる。息子の教育費も、家賃も、食費も、全部私の肩にかかっている。「辞める」も「続ける」も選べない。だから私は「働き方を変える」という第三の道を選んだのです。上司に事情を話して勤務時間を短縮してもらいました。収入は減りましたが、息子が帰宅する前に「おかえり」と言える生活になった。それだけで、親子の空気が少し変わりました。
ただ、これは私の会社がかなり融通をきかせてくれたからできたことです。時短勤務も休職も、理解のある職場でなければ選べなかった。もちろん収入が減る葛藤はありましたが、そもそもこの選択肢すらない方のほうが多いと思います。だからこそ、働き方を変えられなくても、子どもの学びを止めない方法を探すことが大切だと感じています。
時短勤務に切り替えてからも、仕事中はずっと息子のことが頭から離れませんでした。今何をしているんだろう。今何を思っているんだろう。反抗期が始まっていた息子は、私が近くにいることなんて望んでいなかったかもしれません。でも私は息子のそばにいたかった。
少しでも早く帰るために、できる仕事は家に持ち帰って深夜まで作業しました。実績を上げてボーナスを増やし、息子の教育費に回す——それが当時の私の生きる意味でした。
専業主婦だった私が働き始めた経緯
離婚する前、私は専業主婦でした。結婚を機に仕事を辞めていたのです。
専業主婦の家庭で育った私にとって、自分の母が「おかえり」と迎えてくれるのは当たり前の光景でした。息子にも同じようにしてあげたい——そう思っていたのに、離婚でその夢は崩れました。
離婚直後は精神的に参っていて、書類を書いたり面接を受けたりするエネルギーすらありませんでした。在宅でできる仕事を探そうとしていた時、離婚の噂を聞いた元職場の方から「戻ってこないか」と連絡をもらったのです。もともと生真面目に仕事をしてきた私の過去を評価してくれたのでしょう。ブランクがあったにもかかわらず声をかけてくれたご縁に、心から感謝しました。
ただ、元の職場はかなり多忙な会社。21時頃まで働く人も珍しくない環境でした。幼い息子を抱えてフルタイムで戻る不安はありましたが、新しい会社に新人として入るより給与も待遇も良い。息子との時間を優先するか、息子に良い教育環境を与えるために稼ぐか——この葛藤は、今も完全には消えていません。
息子の歯科矯正に88万円。養育費も母子手当も貰っていない私にとって、貯金がガクッと減る恐怖はありました。でもコンプレックスで自信をなくしてほしくなかった。「もっと仕事頑張らなくちゃ」と、どんどん自分を追い込んでいきました。
SNSを見ていると、不登校の子を持つお母さんの悲鳴のような投稿がたくさん目に入ってきます。「仕事を続けられなくなった」「毎月赤字で貯金に手をつけている」「誰にも相談できなくて、声にもしづらい」——読むたびに、あの頃の自分と重なって胸が苦しくなります。シングルマザーの不登校って、子どもの問題だけじゃなくて、母の生活・仕事・収入が丸ごと揺さぶられるんですよね。
息子が不登校になった時の、私のリアルな状況
息子が学校に行けなくなったのは、中学入学からしばらく経った頃でした。朝起きられない。頭痛がする。吐き気がする。最初は「怠けているのでは」と疑った自分を、今でも後悔しています。
病院で起立性調節障害と診断され、さらに検査を重ねるとADHDのグレーゾーンであることもわかりました。
私はその頃、フルタイムに近い形で働いていました。小学6年生の受験期に一度仕事を休職して貯金を切り崩した経験があったため、経済的な余裕はほとんどゼロ。再び仕事を辞めるという選択肢は、現実的に不可能でした。
そして追い打ちをかけるように、私自身がうつ病を発症しました。朝ベッドから起き上がれない日もある。でも仕事に行かなければ家賃が払えない。息子は部屋にこもっている。何もかもが真っ暗に感じた時期でした。
うつがひどくなると、料理ができない日が増えました。買い物に行く気力も時間もない。冷蔵庫とは別に冷凍庫を1台買い足して、中をパンパンにしました。食べ盛りの息子が深夜に起きて好きなものを食べられるように、いろんな種類の冷凍食品を詰め込んでおいたのです。
夜食や間食で息子が勝手に温めて食べる分には、まだよかった。でも晩ご飯として冷凍食品を出す日は、申し訳なくてたまりませんでした。息子は料理が得意で、何でもささっと手際よく作れる子です。「こんなの出すくらいなら自分で作るよ」と思っているに違いない——そう考えるだけで胸がつぶれました。
お惣菜を買う日もありましたが、食費は少しでも抑えたい。息子の分だけちょっといいお惣菜を選んで、私は冷凍食品やカップ麺で済ませる日も多かった。もともと品数をたくさん出すのが好きだった私は、鬱の症状で料理のスキルがどんどん落ちていくのを感じていました。

ある日、息子が作ったロールキャベツを食べました。完全に、私が作るより美味しかった。嬉しいはずなのに、母としての自信が音を立てて崩れた瞬間でした。離婚して寂しい思いをさせて、受験で辛い思いをさせて、それなのに身の回りの世話すらまともにしてあげられない。何もできない母親だと思いました。
「仕事を辞めて子どもと向き合う」は美しいけれど
不登校の親御さん向けの情報を調べると、よく目にするのが「まずはお母さんが仕事を辞めて、子どもとゆっくり過ごしましょう」というアドバイスです。
気持ちはわかります。理想としては正しいのかもしれません。でも、シングルマザーには「辞める」という選択肢がそもそも存在しないことが多いのです。
- 住宅ローンや家賃は待ってくれない
- 児童扶養手当だけでは生活できない
- 一度退職すると再就職が困難(特に40代以降)
- 退職=社会保険の喪失、将来の年金にも影響
「仕事を辞めれば子どもと向き合える」と頭ではわかっていても、辞めた先にあるのは貧困です。子どもの不登校に加え、経済的困窮まで重なったら、親子ともに追い詰められるのは目に見えています。
フリースクールも検討しました。近所のフリースクールに電話をかけたら月4万円。しかも通学している生徒はたった4人。友達と過ごすのが好きな息子にとって、高い費用を払ってまで行かせる環境には思えませんでした。
もう1つ、Xでやりとりしていたフリースクールの先生がとても親切で、面談まで進んだこともあります。ただ、交通費をあわせると月5万円。しかも家から通える場所ではなく、下宿が前提の施設でした。反抗期真っ只中の息子に「距離をおきたいなら、そういう道もあるよ」とやんわり伝えたら、「なんで家から出ないとダメなん?」と不機嫌になって終わりました。
結局、2件とも断念。シングルマザーの家計でフリースクールの費用を毎月捻出するのは、どうしても現実的ではありませんでした。フリースクールの費用の壁と自治体の補助制度についてはこちらの記事にまとめています。
🏫 フリースクールを検討する時に確認したい5つのポイント▼ タップして開く
💡 費用・通学距離・在籍人数・出席扱いの可否・お子さんとの相性チェック
1. 費用の内訳を細かく確認する
- 月額費用:フリースクールの相場は月2〜5万円。入会金(1〜5万円)が別途かかる施設もあります
- 交通費:毎日の通学にかかる電車代・バス代も見落としがち。月1万円を超えることもあります
- 自治体の補助制度:東京都は2024年度からフリースクール通所費用の補助を開始。お住まいの自治体に必ず問い合わせてください
2. 通学距離と通い方
- 不登校の子にとって「毎日決まった場所に通う」こと自体がハードルになる場合があります
- 自宅から片道30分以内が無理なく続けられる目安。遠すぎると親の送迎負担も大きくなります
- オンライン対応のフリースクールも増えているので、通学が難しい場合は選択肢に入れてみてください
3. 在籍人数と雰囲気
- 少人数(5人以下)のフリースクールは手厚いサポートが受けられる反面、友達関係が限定されます
- お子さんが「友達と過ごしたい」タイプなら、ある程度の人数がいる施設の方が合う場合もあります
- 見学・体験は必ず行ってください。パンフレットだけではわからない空気感があります
4. 出席扱いになるかどうか
- フリースクールへの通所が「出席扱い」になるかは、在籍校の校長の判断によります
- 文部科学省の通知(令和元年)で、一定の要件を満たせば出席扱いにできると示されていますが、全ての学校で認められるわけではありません
- 入会前に、在籍校の担任・教頭に「このフリースクールに通った場合、出席扱いになりますか」と確認しておくのが安心です
5. 「合わなかった時」の出口を考えておく
- フリースクールが合わなかった場合、月額費用だけが残り続けます。退会条件(○ヶ月前に申告など)を事前に確認してください
- 通信講座やオンライン学習など、フリースクール以外の学習手段も並行して調べておくと安心です
- 我が家のように、フリースクールを断念した後に自宅学習で学び直すケースは少なくありません
在宅でできる通信教育──私が見つけた「第三の選択肢」
仕事を辞められない。でも子どもの学習を放置するわけにもいかない。そんな中で私がたどり着いたのが、通信教育・オンライン学習という第三の道でした。
息子は私立中学校を退学し、公立中学校に転校していました。しかし不登校の状態は続いており、学校の授業にはほとんど出席できていませんでした。
「このまま何もしなければ、学力も将来の選択肢もどんどん失われていく。」
そう焦りながらも塾に通わせる余裕はなく、そもそも外出すること自体が息子にはハードルでした。そこで選んだのが、自宅でタブレットやPCを使って学べる通信講座です。
通信講座がシングルマザー家庭に合っていた理由
- 親が仕事中でも子どもが自分のペースで学習できる
- 塾のように送迎が不要(シングルマザーにとって送迎の負担は大きい)
- 月額数千円〜と、塾に比べて圧倒的に費用が安い
- 不登校の子でも「出席扱い」になる制度を活用できる場合がある
- 体調が悪い日は休み、良い日にまとめて進められる柔軟さ
特に大きかったのは、私が仕事に出ている間も、息子がタブレットで自学できるという点でした。帰宅後に学習履歴を確認し、わからなかった部分だけフォローする。この仕組みのおかげで、仕事と子どもの学習サポートを両立できるようになったのです。
通信講座で息子に起きた変化
最初は1日10分の学習すら難しい状態でした。でも、「今日はこれだけやればいい」という小さな目標を設定できるのが自宅学習ツールの良いところです。
少しずつ、本当に少しずつですが、息子は学習習慣を取り戻していきました。
- 最初の1ヶ月:1日10〜15分が限界
- 3ヶ月後:自分から「今日の分やっておいた」と報告してくれるように
- 約半年後:苦手だった数学の基礎が固まり、自信が戻ってきた
何より嬉しかったのは、「勉強って、自分のペースでやると意外と面白い」と息子が言ったことです。学校という環境が合わなかっただけで、学ぶこと自体が嫌いだったわけではなかった。それに気づけたのは、通信教育のおかげでした。
その後、息子は自宅学習で基礎学力を取り戻し、高校受験に合格しました。今は高校生として、料理やギター、筋トレなど自分の好きなことを楽しみながら、自分の道を探しています。
不登校の子を持つシングルマザーへ──あなたは一人じゃない
もしあなたが今、「仕事を辞めるべきか、続けるべきか」と悩んでいるなら、伝えたいことがあります。
どちらかを選ばなくていい。第三の道がある。
通信教育やオンライン学習は、シングルマザー家庭にとって本当に心強い味方です。完璧じゃなくていい。毎日じゃなくていい。子どもが「今日はちょっとやってみようかな」と思えた日に、すぐに学べる環境があること。それだけで十分です。
私自身、うつ病を抱えながら、何度も「もうダメだ」と思いました。でも振り返ってみれば、あの苦しい時期があったからこそ、息子も私も「偏差値=幸せではない」ということに気づけたのだと思います。
親族がほぼ全員医師という環境で育った私は、息子にも高い学歴を望んでいました。でも今は、「息子が自分らしく生きられること」が何より大切だと心から思えています。
あなたのお子さんにも、きっとその子に合った学び方があります。焦らず、でも諦めず。一緒に「第三の道」を探していきましょう。
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息子から言われた言葉の中で、一番刺さったものがあります。その夜のことは「親子関係の記録」の記事に書いています。離婚しなければ、もっと時間もお金もあったかもしれない。でも離婚は自分が選んだ道でした。
息子が学校に行けた日は世界が明るくなり、休んだ日は寝込むほど落ち込む。出席と欠席に心が丸ごと振り回される一喜一憂の日々が、何ヶ月も続きました。仕事中も「今日は学校に行けただろうか」と気になって集中できない。シングルマザーにとって、この精神的消耗は仕事にも直結する深刻な問題でした。
次第に私は外に出るのが怖くなりました。あの学校の制服を街で見かけるだけで心臓が早鳴りして、その場から動けなくなる。外の世界が丸ごと敵に見えていた時期がありました。
市の相談窓口に行った日のことは忘れられません。相談員の方が「お母さん、ひとりでよく頑張ってきたんですね」と言ってくれた瞬間、堰を切ったように涙があふれました。夫がいれば愚痴も言えたかもしれない。でも高齢の両親に心配をかけたくなくて、ずっとひとりで抱え込んでいた。人に話した瞬間に、我慢していたものが全部溢れ出しました。
ほかの記事にも書いていますが、学校行事は夫婦で来る家庭ばかりで、ひとりでぽつんと座る孤独感は想像以上でした。体育祭に行かなかった日のことは、何度思い返しても胸が痛みます。後日、友人から「息子くん、応援団やっててかっこよかったよ」と聞いた時、あの姿を見られるのはあと数回しかなかったのに——と、後悔で胸が潰れそうになりました。
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