中学受験の伴走記録|シンママが息子と過ごした3年間のリアル

記事ID:1310 中学受験の伴走記録シンママが過ごした3年間 アイキャッチ(caseE版) シングルマザーの教育戦略

この記事は、中学受験の「伴走」を振り返る記録です。勉強を教えた話ではありません。シングルマザーとして、3年間息子の横に座り続けた日々のことを書きます。

中学受験を考えているお母さん、今まさに伴走中のお母さんに、「あなたは1人じゃないですよ」と伝えたくてこの記事を書きました。

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みっこ中学受験を「伴走」した3年間は、親としての自分を全部試された時間でした。正解なんて最後までわかりませんでした。

私が中学受験を選んだ理由

私が住んでいる地域は内申点が取りにくいことで知られており、「中高一貫校に入れば、中学の間は受験勉強をしなくていいよ」——その一言で、息子は受験を決意しました。

もし夫がいたら、こんな大きな決断を背負わずに済んだのかもしれません。「本当にこの子に受験させていいのか」「3年間の勉強に耐えられるのか」。相談する相手がいない中で、全てを自分で決めなければなりませんでした。

息子の「医者になる」という夢も伴走の原動力だった

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みっこ息子が幼稚園の頃から「お医者さんになる」って言い続けてたの。あの言葉が、3年間の伴走を支えてくれた。

息子は幼稚園年長の頃から「お医者さんになる」と言っていました。小学校のプリントにもそう書いていて、子どもの夢はころころ変わると聞いていたのに、この夢だけは長く続いた。

小学校の卒業式では、全生徒・保護者の前で将来の夢を語る時間があり、息子はスーツ姿で前を向いて「僕の将来の夢は医者です」と堂々と宣言しました。その姿は、3年間の受験伴走を終えた私にとって、何ものにも代えがたい瞬間でした。

医師家系で育った私が「お医者さんはいいよ」と日常的に話していた影響も大きいと思います。誘導に近かったかもしれない。それでも、中学受験で整った教育環境を用意することが、息子の夢への近道になるはず——そう信じて、私は仕事を時短に切り替えてまで伴走を続けました。

小学4年生——伴走の始まり

息子が塾に通い始めたのは小学4年生の春。最初は楽しそうに通っていました。算数が好きで、クラスでは「計算が一番早い子」として知られていた息子。塾でも算数は得意科目で、テストのたびに目を輝かせて結果を報告してくれました。

でも学年が上がるにつれ、状況は変わっていきます。

小学5年生——仕事を時短にして本格伴走

勉強内容がハードスケジュールになっていく小学5年生。私は仕事を時短勤務に切り替えました。収入が減る不安はありましたが、「万が一不合格になったら」という思いの方が強かった。膨大な宿題を整理して、毎日横について一緒に勉強する日々が始まりました。

息子のために手作りの語彙教材を作ったこともあります。「ママの考えた例文なら語彙の勉強が楽しい!全部作って!」と言われ、半徹夜で何百もの例文を書きました。全て実話ベースの例文。息子のクラスの友達の名前を使ったり、好きな食べ物を入れたり。寝不足で頭がぼんやりする中、「この子のためなら」と自分に言い聞かせていました。

小学6年生——限界の夏、そして起立性調節障害

小学6年生の夏。土日は朝から晩まで塾に9時間。平日も学校が終われば塾。息子の夏休みは完全に消えました。

学校の「夏の楽しい思い出」に息子が書いたのは、「塾のビルのコンビニで好きなお弁当を選べたこと」。それを知った時、この子からどれだけの「普通の小学生の時間」を奪ってしまったのかと胸の奥がずしりと重くなりました。

ある日、息子がトイレットペーパーをゾンビのように首から頭まで巻いて勉強していました。翌日は排水溝ネットを被っている。「6年の夏って、机にかじりついて必死に問題を解いてる姿を想像してたんだけどな……」と思いながらも、これが息子なりのストレス発散なのだと見守りました。この子は追い詰められている——そう感じ始めた頃でした。

愛犬の緊急入院

息子が入塾を決めた頃、ぽつりとこう言われたことがありました。

「兄弟が欲しい。受験頑張るから」

その時の私は動揺してしまって、何と答えたか今でも覚えていません。以前かわいがっていた愛犬を亡くした経験があって、ペットショップにも近づけない時期が長く続いていたんです。でもあの夜から、少しずつ「この子にペットと暮らす時間をあげられたらいいな」と思うようになりました。

しばらく経って、通りかかったペットショップに吸い寄せられるようにふらっと入った日があって、そこで今の愛犬と出会いました。胃が痛くなるほど悩んで、結局連れて帰ることに。帰りの車の中で、当時小学4年生だった息子が

「この子は僕が守る」

と言ったのを、今もはっきり覚えています。

そして受験と同時期に、家族にもう一つの危機が訪れました。そうやって迎えた愛犬が、緊急入院したのです。同じ年にはジィジが癌の手術。家の中が不安でいっぱいの中、それでも息子はやるべきことをやり遂げようとしていました。

手術の待合室で膝がガクガクしていた私の隣で、息子は静かに座っていた。ふと「ママは精神的に弱いよね…」とぽつりと言った。11歳の子にそう見透かされている40代の自分が、情けなくて、でもどこか安心して、涙が止まらなかった。

11月、起立性調節障害の発症

受験本番まであと2ヶ月の小学6年生の11月。息子が朝起きられなくなりました。起立性調節障害の発症です。病院で「過度なストレスが引き金になった可能性が高い」と言われた時、頭が真っ白になりました。3年間の受験勉強が、この子の体を壊してしまったのかもしれない。

それでも息子は「辞めたくない。ここまで頑張ってきたのに」と受験を続ける意志を見せました。本来なら止めるべきだったのかもしれません。でも、3年間全てを犠牲にしてきた息子に「辞めなさい」とは言えなかった。(起立性調節障害から不登校に至る経緯はこちらの記事で詳しく書いています)

「自分で読んだ方が頭に入る!」——息子が教えてくれたこと

受験期に印象的だったことがあります。息子は理科の参考書「自由自在」を愛読書のように読み込んでいました。1ヶ月半で分厚い1冊を完読。「塾の授業より、自分で読んだ方が頭に入る!」と言うのです。

この子は、誰かに教わるより自分のペースで学ぶ方が伸びるタイプなんだ——そう気づいたのは、ずっと後のことでした。不登校になり、塾にも通えなくなった中学3年生の時に思い出したのが、この「自分で読んだ方が頭に入る」という言葉。通信講座を選ぶ決め手になったのは、この受験期の経験だったのです。

合格した後も、息子は自由自在を手放しませんでした。「もう終わったんだよ?」と言うと、「中学校に入ってからのために勉強しなきゃだめでしょ」と真顔で返してきた。好きなことへの集中力だけは、誰にも負けない子でした。

伴走用の椅子を片付けた日

受験が終わった翌日。3年間、息子の勉強机に2つ並べていた椅子を1つ片付けました。

それだけのことなのに、涙がにじみました。

この椅子に座って、何千時間を息子の隣で過ごしただろう。眠い目をこすりながら丸つけをした夜。「もうやだ」と泣く息子の背中をさすった夜。深夜3時にダイニングで鉛筆を握ったまま眠っている息子を見つけて、布団に運んだ夜。

「3年間、いい経験をさせてくれてありがとう」——椅子を片付けながら、心の中で息子にそう伝えました。

「医者になる」という夢のその後について

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みっこあの伴走は、今になって複雑な気持ちで振り返っています。息子の夢は、私が思っていたより揺らぎやすいものでした。

息子が「医者になる」と言っていた夢は、私立中学に入った後、「医者になんてなれないでしょ…もう手遅れでしょ」という諦めの言葉に変わっていきました。成績最下位と不登校で自信を失い、中学1年生で夢を手放した息子。

最終的に息子は「医者は本当になりたいわけじゃなかった」と言うようになりました。本心だったのか、諦めて心が折れたのか、今も正直わかりません。

3年間の伴走で私が目指したのは、息子の夢を叶えるための最高の環境を用意することだった。でも結果として、その環境が息子の自信を奪うきっかけになってしまったのかもしれない。

それでも、伴走の日々で息子と過ごした時間は、私にとってかけがえのないものです。夢は変わっても、親子で歩んだ3年間は消えない——今はそう思うようにしています。

中学受験の伴走を終えて|シングルマザーの私が思うこと

中学受験の結果がどうであれ、3年間の伴走で得たものは確かにありました。

💡 3年間の伴走で得たもの

  • 息子の「やればできる」という自信:後の高校受験でも息子を支えた成功体験
  • 「自分で学ぶ力」の発見:自由自在を自分で読み込む姿が、通信講座選びのヒントに
  • 親子の絆:3年間隣に座り続けた時間は、反抗期を経ても消えなかった

同時に、後悔もあります。受験のプレッシャーが起立性調節障害の引き金になったこと。息子の夏休みを奪ったこと。「もっと早く気づいてあげれば」と思うことは今もあります。

でも、あの3年間がなければ今の息子はいない。あの時間が無駄だったとは、どうしても思えないのです。

シングルマザーで中学受験の伴走をしている方へ。1人で全部を抱え込んでいませんか? 私がそうでした。でも、あなたが横にいるだけで、お子さんにとっては十分な「伴走」なのだと思います。

みっこの本音——3年間の伴走を終えて

椅子を片付けた日のことを、今でも思い出します。あの椅子に何千時間座ったかわからない。正直、「もうやらなくていい」と思ったのか「もう座れない」と思ったのか、自分でもわからなかった。でも、あの3年間があったから息子は「やればできる」を知っている。それだけは間違いなかったと思っています。

この記事のポイント
  • シンママが3年間、息子の横に座り続けた中学受験の「伴走」記録
  • 小学4年生→小学5年生時短勤務→小学6年生夏は塾9時間。小学6年生の11月に起立性調節障害を発症
  • 「自分で読んだ方が頭に入る」という息子の発見が、後の通信講座選びの決め手
  • 受験後に椅子を片付けた日、3年間の重みが涙になった
  • 後悔もあるが「無駄だった」とは思えない。隣にいるだけで十分な伴走になる
1人で全部を抱え込まないで。あなたが横にいるだけで、それが伴走です。

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みっこ
この記事を書いた人

シングルマザーとして、不登校・起立性調節障害・ADHDの息子と歩んできました。中3の4月に始めた通信講座(進研ゼミ)をきっかけに、約1年後に高校合格。同じように悩んでいる親御さんに「あなただけじゃないよ」と伝えたくてこのサイトを作りました。

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