これは、不登校・起立性調節障害・私立中学校の退学・反抗期――たくさんの壁を乗り越えて高校生になった息子に、私が伝えたい気持ちを手紙にしたものです。
私はシングルマザーです。息子が幼稚園の頃に離婚し、それからずっと2人で暮らしてきました。
中学受験で難関校に合格した息子は、入学後すぐに起立性調節障害が再発して不登校に。その後、退学、公立中学校への転校、そしてまた不登校――。反抗期も重なり、親子関係は崩壊寸前まで追い込まれました。
でも今、息子は高校に通い、友達と笑い合い、バイトをして、自分の好きなことを見つけて毎日を過ごしています。
ずっとこの手紙を書きたいと思っていました。
でも、いざ言葉にしようとすると胸がいっぱいになって、なかなか書けなかった。
不登校のお子さんを持つお母さん、お父さんにも読んでいただけたら嬉しいです。
「うちだけじゃないんだ」「いつかこんな日が来るのかもしれない」――そう思ってもらえたら、この手紙を公開した意味があります。
あなたへ
あなたに手紙を書くなんて、少し恥ずかしいけれど、どうしても伝えたいことがあって筆をとりました。
面と向かって言うと照れくさいし、きっとあなたも「なに急に」って笑うと思うから、こうして文章にさせてね。
あの頃のあなたを思い出すと
小学6年生まで、あなたは本当に甘えっ子だったよね。
夜、一緒の布団で寝るときに手を繋いできて、「ママ長生きしてね」って言ってくれたこと、今でも鮮明に覚えています。
私が自分の部屋で仕事をしていると、何度も何度もコーヒーを淹れて持ってきてくれたね。あれは「ママに会いたい」っていうあなたなりの口実だったんでしょう?
1日に何杯も届くコーヒーが、どれだけ私の心を温めてくれていたか。
悪戯してはげらげら笑う、クラスでいつも一番計算が早いと嬉しそうにしていた、あの無邪気な笑顔。
あの笑顔が私の宝物だったのに、私はそれを守ってあげることができなかった。
中学受験を勧めたこと――今も抱えている後悔
あなたに中学受験を勧めたのは私です。
「中高一貫校に入れば高校受験をしなくて済むから楽だよ」
そう言って、あなたに3年間も過酷な受験勉強をさせました。
小学生は遊びたい盛りなのに、あなたは私の言葉を信じて必死に頑張ってくれた。
深夜にこっそり起きて勉強していたことも、私は知っています。
友達が遊んでいる間も塾に通い、週末も朝から問題集に向き合っていたあなた。まだ小学生だったのに、あなたは一度も「やめたい」と言わなかったよね。
今になって思うの。小学4年生から6年生までの3年間は、親子で一緒に遊べる最後の貴重な時期だった。
あなたをプールに連れて行ったり、2人でゲームをしたり、何も考えずに笑い合える時間がまだあったはずなのに、私はその全部を勉強に費やしてしまった。
中学校に入ったら反抗期が始まって、もう一緒に遊ぶなんてできなくなった。あの3年間にもっと親子の思い出を作っておけばよかったと、今でも悔やむことがあるよ。
あなたを難関校に合格させたかった本当の理由、正直に話すね。
私の親族はほとんどが医師です。あなたも「医者になりたい」と言っていたし、良い中学校に入り、良い大学に進み、医師になることが、あなたの幸せだ――私はそう信じ込んでいました。
でもそれは、「あなたの幸せ」じゃなくて「私が安心したかっただけ」だったのかもしれない。
シングルマザーの私が、あなたに「教育」という財産を残すことで、離婚の罪悪感を埋めようとしていたのかもしれない。
あなたの気持ちよりも、偏差値や進学実績を優先してしまったこと。
本当にごめんね。
これは、あなたが小学生のときに学校で書いた「将来の夢」のプリントです。今もママの引き出しに大切にしまってあります。

夢の欄を、もう少し近づいて見てみるね。

あの時のママは、これを見て本当に嬉しかった。「やっぱりこの子は医者を目指してくれるんだ」って、勝手に自分の願いと重ねて喜んでいたんだよ。
でも今ならわかる。あなたはきっと、「ママが喜ぶ顔が見たいから」そう書いてくれたんだよね。幼いあなたが、ママの期待を全部背負ってくれていたこと——当時のママは気づいてあげられなかった。
今でも引き出しを開けてこのプリントを見るたびに、胸の奥からこみ上げてくるものがあります。あなたの優しさにも、それに気づけなかった自分にも。
小学校の卒業式のこと、覚えてる?スーツを着たあなたが、全校生徒と保護者の前で「僕の将来の夢は医者です」って、前を向いて堂々と宣言したこと。ママはあの瞬間、誇らしさと嬉しさで泣きそうだったよ。小学生とは思えないかっこよさで、今も鮮明に覚えている。
でも中学に入って、あなたは「医者になんてなれないでしょ…もう手遅れでしょ」って言うようになった。成績最下位、不登校、勉強時間ゼロ——自信をなくしたあなたが夢を手放す姿を見るのは、本当に辛かった。
最後には「医者は本当になりたいわけじゃなかった」って言ってくれた。本心だったのか、それとも心が折れて言い聞かせたのか、ママにはいまだにわからない。
でも、あなたが夢を持っていた時間を、ママは忘れることはない。卒業式のスーツ姿も、プリントの「いしゃになりたい」の字も、ママの宝物だよ。
合格発表の日のこと、覚えてる?
あなたの好きなハンバーグを作って一緒に食べたあの夜。あなたは何度も何度も繰り返していたよね。
ご飯を食べている時も、テレビを見ている時も、お風呂に入る前にも。
12歳のあなたが「人生で一番」という言葉を使うほどの喜び。3年間必死に頑張ってきた全てが報われた瞬間だったんだよね。
あの時の幸せそうなあなたの顔が、この先の苦しい日々を支える私の心の支えになるなんて、まだ知らなかった。
あの学校を勧めたのは、私の調査不足でした
私の弟が通っていた頃は、自由でのびのびした校風の学校だった。
「この学校に入れば、友達とのんびり青春を楽しめるよ」と、あなたに夢を見せてしまいました。
でも、あなたが入学したときには学校の方針は大きく変わっていて、進学実績を重視する厳しい学校になっていた。
それを知らずにあなたを送り出した私は、どれだけ自分を責めたか分かりません。
入学してわずか1週間で起立性調節障害が再発して朝起きられなくなったあなた。
友達もまだできていないのに、みんなの前で厳しく指導されて、教室に入れなくなったあなた。
あの時私は、「この子の気持ちに寄り添おう」ではなく、「なんとしても学校に行かせなければ」と必死になっていました。
スマホを監視して、勉強を強要して、提出物のスケジュールを管理して――
あなたの心の声を聞く余裕なんて、どこにもなかった。
学校への体裁を気にしてしまった私を許してほしい
今だから正直に言います。
あなたが学校で問題を起こすたびに、私が一番恐れていたのは「学校にどう思われるか」でした。
校長室に呼び出されるたびに頭を下げ、謝罪文を書き、先生に怒られないようにあなたにガミガミ言う。
本当はあなたを守るべき立場なのに、学校の言いなりになって、あなたを追い詰める側に回ってしまっていた。
先生に「お前のことを信用していない」と言われて怯えているあなたを見ても、「先生の言うことを聞きなさい」としか言えなかった。
あなたが小さな声で「すみません…」と謝っている姿を見て心は締め付けられていたのに、私は学校の機嫌を取ることに必死で、あなたの味方だと胸を張って言えなかった。
「あなたの感情」よりも「学校への体裁」を優先してしまった私を、どうか許してください。
深夜3時のLINE――あなたの限界に気づけなかった
退学を決める2日前、あなたは校長先生への謝罪文を3時間もかけて一生懸命書いてくれたよね。
綺麗な字で丁寧に気持ちを綴った手紙。なのに「こんな紙じゃダメだ。ペンで書き直してこい」と突き返された。
あなたと一緒にわざわざ買いに行って選んだ紙だったのに。
字を書くのが得意ではないあなたが、1文字1文字丁寧に書いた手紙だったのに。
見た目ではなく、中身を読んでほしかった。子供が必死に綴った気持ちを、紙の種類で突き返すなんて。あの時、先生に対する怒りと、そんな学校を選んでしまった自分への悔しさで、頭がぐちゃぐちゃだった。
課題の提出期限も迫っているのに、手紙も書き直さないといけない。
あなたは学校に残りたい一心で、深夜まで机に向かっていた。
隣の部屋で私は起きていました。
あなたのことが心配で眠れなかったから。
そして深夜3時、あなたからLINEが届きました。
「もう学校諦める」
隣の部屋にいるのに、面と向かってではなくLINEで伝えてきたあなたの気持ちを思うと、今でも胸が苦しくなります。
声に出して言ったら泣いてしまうと思ったのかな。
それとも、私の顔を見るのが辛かったのかな。
「分かった。よく頑張ったね。」
あの時の私にはそれしか言えなかった。
本当はもっと早くあなたの限界に気づくべきだった。あなたが壊れる前に、私が「辞めていいよ」と言ってあげるべきだった。
友達1人1人にLINEを送っていたあなたの背中
退学を決めてから3日間、あなたはベッドの上で放心状態だったね。三角座りをしてぼーっとしているあなたに、どう声をかけていいか分からなかった。
3日後、あなたは大好きだった友達1人1人に丁寧にLINEを送っていました。
「学校を辞めることにした。今までありがとう。お前とはこんなことをしたよな。楽しかった。」
その姿を見て、私は言葉を失いました。
まだ中学1年生なのに、こんなに大人びた別れの挨拶ができるあなた。
「え…まじ?」「残ってよ」と引き留める友達に、1人1人丁寧に返事をしていたあなたの背中が、あまりにも小さくて、あまりにも大きかった。
あなたがこんな経験をすることになったのは、私があの学校を勧めたからです。
ごめんね。本当にごめんね。
転校した先でも学校に行けなくなったあなたへ
公立中学校に転校した初日。家に帰ってきたあなたに「今日はどうだった?」と聞いたら、「楽しかった」と真顔で答えたよね。
でも私は気づいていた。
あなたが「楽しかった」と言えば私が安心すると分かっていて、無理してそう言ってくれたこと。
思っていなくても「楽しかった」と答えるのは、あなたの優しい癖だったから。
翌日から、あなたは学校に行かなくなった。
まるで魂が抜けたように、ベッドの上で1日を過ごすあなた。食事も部屋に持っていったけど、手をつけない日もあった。何を考えているのか聞きたかったけど、声をかけることすらためらってしまう日が続いた。それが1学期の間ずっと。
退学して10ヶ月ほど経った頃、前の学校の文化祭に行ったよね。
土曜も日曜も2日間、友達と再会して笑い合っていたあなたは、久しぶりに本当に楽しそうだった。
でも翌週、あなたは1週間ベッドから出られなくなった。
楽しかった2日間の反動が、あなたの心を押しつぶしたんだと思う。
前の学校の友達は毎日一緒に過ごしているのに、自分だけが遠ざかっていく――。あなたがそのことに気づいていないはずがなかった。
声を潜めてベッドで泣いていたのも、私は分かっていたよ。どう声をかければいいか分からなくて、部屋の前で立ち尽くすことしかできなかったけれど。
時々週末に前の学校の友達と遊ぶことはあった。でも、毎日教室で顔を合わせて笑い合っていた頃とは違う。あなたの表情を見ていれば分かった。心にすっぽり空いた穴は、たまに会うだけでは埋まらないんだって。
私は気づいていたの。学校を辞めたあなたと、毎日一緒にいる友達たち――その距離は、時間が経つほど開いていってしまうことを。
いくらあなたが前の学校の友達を求めても、少しずつ相手にしてもらえなくなる日がくるかもしれないことを。
離婚した時、人生で一番苦しい経験だと思っていた。でも、我が子が苦しんでいるのをただ見ていることしかできない日々は、それをはるかに超えていた。
あの頃のあなたの心は、本当にズタズタだったよね。前の学校への未練、毎日笑い合っていた友達との当たり前の日常がもう戻ってこないという喪失感――それを誰よりも分かっていたのは、あなた自身だった。
あの頃のママはね、あなたが部屋にこもっている時間、こっそりネットで「不登校 中学生 心境」って何度も検索していたの。出てくるのは「俺の人生終わったな」「もうダメかもしれない」「世間の人に自分はどう思われているんだろう」「頑張っている同級生に顔向けできない」――そうやって自分を責めて自室から出られない子の声ばかりだった。
あなたも今、ドアの向こうで同じことを考えているのかな。そう思うたびに、駆け寄って「そんなことないよ。あなたなら大丈夫だから」って抱きしめてあげたかった。でも反抗期真っ最中のあなたに、その言葉はもう届かないことを、ママは分かっていたの。だから、口にすることができなかった。ただドアの前に立ち尽くすことしかできなかった。
そんな朝、あなたから届いたLINEを、ママは今でも忘れられません。

「人には言えない理由があって今学校行くのはだいぶ大変」「いつか絶対親孝行するから少しの間だけ休ませて欲しい」――心がぐちゃぐちゃのはずなのに、あなたは自分の苦しさをちゃんと言葉にして、ママに伝えてくれた。そしてあんなに未熟で、あなたを追い詰めてばかりだったママに、「親孝行する」とまで言ってくれた。本当ならママがあなたを支える側だったのに、あなたのほうが先にママを気遣ってくれていたんだね。
それなのにママは「少しの間って?普通の高校行けなくなってもいいの?」と冷たく返してしまった。
出席日数のことばかり頭にあって、あなたの気持ちをねぎらう一言が言えなかった。
「辛かったね」「よく話してくれたね」「ゆっくり休んでいいよ」――そう返すべきだったのに。本当にごめんね。
でもね、あの朝のあなたの言葉に、ママはその後ずっと救われてきました。
ボロボロの自分を立て直そうと「少しの間だけ」という言葉を選んで、未熟な母親に「親孝行する」と約束してくれたあなたは、ママが思っていたよりずっと強くて、ずっと優しい子でした。
あの時のあなたを、ママは心から誇りに思っています。
離婚のこと――ずっと抱えてきた罪悪感
ここまで中学時代の話を書いてきたけれど、少し時間を巻き戻させてね。
あなたが生まれてからずっと抱えてきた、もう一つの「ごめんね」があるの。
あなたが幼稚園の時、私は離婚しました。
やむを得ない事情があったとはいえ、幼いあなたからお父さんを奪ってしまったことへの罪悪感は、今でも消えることがありません。
私は専業主婦の家庭で育ちました。学校から帰ると、いつも母が「おかえり」と笑顔で迎えてくれた。
あなたにも同じようにしてあげたかった。
でも現実は、朝早くから仕事に出て、夜帰ってきて、家でも深夜まで仕事をする毎日。
あなたは寂しかったんだと思います。仕事をしている私の部屋にたびたびやってきたのは、甘えたかったからだよね。
それなのに私は、「息子に良い教育環境を与えるために」と仕事を優先した。
学校行事に行くのは孤独でした。周りは夫婦で来ている家庭ばかり。
あなたに「来なくていい」と言われて体育祭に行かなかった日、友達から「息子くん応援団やっててかっこよかったよ」と聞いた時の後悔は、今も忘れられません。あなたのそんな姿を見られるのは、あと数回しかなかったのに。
あなたが反抗期の頃、こう言ったことがあったよね。
「普通のママが良かった」
普通のママになれなくてごめんね。あの夜、反論する言葉が何ひとつ見つからなかった。黙ったまま台所に立って、あなたの好きなハンバーグを作り始めた。
反抗期のあなたの気持ちを分かってあげられなかった
中学校に入って別人のように変わっていったあなたに、私は戸惑うばかりでした。
一緒の電車に乗りたくない。離れて歩いて欲しい。部屋に入るなと怒鳴る。
あんなに甘えっ子だったあなたが突然そうなって、現実を受け入れられなかった。
私の兄弟には反抗期がなかったから、男の子の反抗期にどう接すればいいか、本当に分からなかったの。
あなたが壁を殴る音が聞こえたり、ドアを力づくで押さえたりされた時、正直に言うと「こわい」と感じてしまったこともあります。
ママなのにごめんね。
でもね、覚えているかな。ある日、私があなたの部屋の前で眩暈がして倒れてしまったことがあったよね。
ドンッという音を聞いて、あなたはドアを開けてくれた。
「…何やってんの。」
そっけない一言だったけど、私には分かった。あなたなりに心配してくれたんだって。
反抗期でどんなに私を避けていても、倒れた音にはすぐに反応してくれた。あの時、あなたの中にまだ優しさが残っていることを確かめられて、それだけで少し救われた気持ちになったの。
それでも、あなたが何を思っていたのか、何に苦しんでいたのか、私はちゃんと聞いてあげることができなかった。
「学校に行って」「勉強して」と自分の望みばかり押し付けて、あなたの心の叫びに耳を塞いでいました。
他の保護者の方に「親が話を聞いてくれなくて辛かった」とあなたが話していたと聞いた時、私は初めて自分がどれだけあなたを追い詰めていたか気づきました。
分かってあげられなくて、ごめんね。
それでも――あなたは強い子だと思った
ここまで「ごめんね」ばかり書いてきたけれど、ここからは違う気持ちを伝えさせてください。
あなたは本当に強い子です。
過酷な中学受験を3年間やり遂げた強さ。
起立性調節障害で体が動かなくても学校に行こうとした強さ。
大好きな友達と離れる決断を自分でした強さ。
公立中学校に転校して、慣れない環境でもう一度やり直そうとした強さ。
そして、通信講座で自分のペースで勉強を始めて、高校に合格した強さ。
全部、あなたが自分の力で掴み取ったものです。
反抗期がおさまりかけた頃のこと、覚えてる?
一緒にコンビニに行った時、レジの前のおでんを見たあなたが1つ買って、家で食べながらこう話してくれたよね。
「前の学校の帰り、みんなでコンビニ寄って、こんにゃくのおでん1個買って一口ずつ分けて食べてたんだよ」
懐かしそうに、でもちょっと寂しそうに。
あなたはまだ前の学校の友達のことを想っているんだなって、胸の奥がきゅっと痛くなった。
でもね、その話を私にしてくれたこと自体が、あなたと私の距離が少しずつ縮まってきた証だったんだと思う。反抗期の真っ最中だったら、こんな話、絶対にしてくれなかったから。
そしてある日、あなたが笑いながらこう言った。
「2年で反抗期終わったなんて早いでしょ?僕って親孝行じゃない?」
あの言葉を聞いた時、どれだけ安堵したか。
「きっといつか元のあなたに戻る」と信じて耐えてきた日々が、あの一言で全部報われた気がしました。
あなたの自立する姿に感動しています
ほんの数年前まで「ママ」「ママ」と甘えて、1日に何度もコーヒーを運んできてくれた小さなあなた。
今は自分でバイトをして、自分で稼いだお金でジムに通って、友達と遊びに行って。
休みの日には豆から挽いたコーヒーを淹れて、粉からこねた麺で料理を作って、ビーフジャーキーまで手作りしてしまう。
TikTokで見たレシピを自己流にアレンジして、私よりも手際よく本格的な料理を仕上げていくあなたを見るたびに、いつの間にこんなに大きくなったんだろうと胸がいっぱいになります。
バイトの面接に受かった日、玄関のドアを開けるなり目を輝かせて「受かってた!」と報告してくれたあなたの顔、忘れられません。
「働くってそういうもんでしょ」なんて大人っぽいことを言うあなたに、嬉しいような寂しいような、不思議な気持ちになります。
そういえば、あなたが高校に通い始めてしばらくした頃だったかな。
帰ってきて靴を脱ぎながら「ただいま」とぼそっと言ったの、聞こえていたよ。
反抗期の頃は、帰っても無言で自分の部屋に直行していたのに。「おかえり」と言っても壁に話しかけているみたいだったのに。
たった2文字。でもあの「ただいま」がどれだけ嬉しかったか、あなたには想像もつかないと思う。
あなたが自分の部屋で作った料理を「食べてみて」と持ってきてくれるようになった時、
昔、コーヒーを何度も運んでくれた小さなあなたの姿と重なって、目の奥が熱くなりました。
形は変わっても、あなたの優しさは変わっていないんだね。
こんな未熟な私を許してくれてありがとう
あなたは外では友達にとても優しい子でした。反抗期でどんなに荒れていても、友達にひどいことを言ったり、外で悪いことをしたりすることは一度もなかった。
家の中でだけ、私にだけぶつけていたんだよね。
それはきっと、どんなにひどいことを言っても私が離れないと分かっていたから。
そう思えるようになるまで、少し時間がかかったけれど。
趣味の話から少しずつ会話を再開してくれたこと。
「ねぇ、この料理作りたいんだけど材料買いに行かない?」と誘ってくれたこと。
「ニキビってどうやったらなおるの?」とふいに聞いてきたこと。
一つ一つが、私にとってどれだけ嬉しかったか。
少しずつ会話が増えてきた頃、思い切ってあなたを外食に誘ってみたの。
「火鍋の美味しいお店があるんだけど、付き合ってくれない?」
「本格的なもんじゃ焼き食べたことある?一度食べてみてほしいんだけど」
あなたが食べることに興味があるのは分かっていたから、家では作れないような珍しい料理のお店を選んでみた。すると案の定、「行ってみたい」と興味を示してくれた。
反抗期が明けてから初めて2人で外食に行った日のこと、今でもはっきり覚えてる。
正直、お店に着いてからどんな会話をすればいいか分からなくて、ちょっと気まずい時間もあった。でもね、私の心は幸せでいっぱいだった。
部屋に入るだけで「うざい」と言われていた頃、すれ違うだけで舌打ちされていた頃があったのに、今こうして2人で向かい合ってご飯を食べている。それだけで十分だった。
あなたの誕生日に「何か食べたいものある?」と聞いたら、「ママの唐揚げ」と答えてくれたよね。
反抗期の頃は、誕生日すら一緒に過ごしてくれなかったのに。
台所で唐揚げを揚げながら、油がはねるパチパチという音に紛れて、少しだけうるうるしてしまった。あまりに嬉しくて。
こんなに未熟で、たくさん間違えて、あなたを傷つけてばかりだった私を、あなたは許してくれた。
反抗期を終え、普通に接してくれるようになった。
一緒に買い物に行けるようになった。ご飯も一緒に食べられるようになった。
ありがとう。本当にありがとう。
高校の合格発表の夜のこと
部屋にこもって合格をWEBで確認したあなた。
数分後、嬉しさを必死に抑えたような少し照れた顔で「受かってた」と報告してくれましたね。
私が大きな声で「やったー!」と叫んだ時、ちょっと恥ずかしそうにしていたけれど、
その後、部屋で友達に電話して「受かったでー!」と嬉しそうに報告しているのが聞こえてきて、
私はキッチンで1人、静かに涙をこぼしていました。
中学受験に合格した夜、あなたは「人生で一番嬉しい日だな」と何度も言っていたよね。
高校に合格した夜のあなたは、あの時ほど大げさには喜ばなかった。でも、友達に電話する声はおそらく幸せに満ちていた。
中学受験の合格は、3年間の努力が報われた喜び。
高校受験の合格は、どん底から自分の力で這い上がった証。
どちらも、私にとってかけがえのない夜でした。
あなたが取り戻してくれた「当たり前の日々」
高校に入って、あなたは入学初日からクラスメイトに声をかけられて、1週間もしないうちに一緒に帰る友達ができた。
「思ったより早く友達ってできるんだね」と照れ臭そうに言っていたあなたの顔。
夜、自分から早く寝るようになって、病院で処方されていた睡眠の質を上げる薬を自主的に飲み始めたあなた。起立性調節障害で朝起きられないあなたのために貰っていた薬なのに、中学時代はいくら言っても飲もうとしなかった。それを、学校に行きたいという気持ちから自分で飲み始めた。
あなたが出ていった後にその薬が1粒減っているのを見て、あなたの成長を噛み締めました。
「今までで一番楽しい」と言ってくれた高校生活。
学校に向かうあなたの後ろ姿を見るたび、毎日幸せを感じています。
朝、「行ってきます」と玄関を出ていくあなたの姿。中学時代はそれがどれだけ尊いことか分からなかった。
今は分かる。この「当たり前の朝」が、私たち親子にとっては信じられないくらい幸せな日々なんだって。
中学の頃のあなたも、今のあなたも、全部ひっくるめて私の大切な息子です。
これからの私の約束
そんなあなたを見ていて、私自身も変わらなきゃと思うことがあります。
あなたが「株をやりたい」と言った時、根拠もなく「子供がやるものじゃない」と否定してしまったこと。
「ジムに通いたい」と言った時、怪我の心配ばかりしたこと。
何かやりたいと言うたびに、デメリットを並べて否定から入っていた私。
でもあなたが「今日この株が100円上がったよ!なんでだろ、調べてみる!」と目を輝かせて報告してくれたり、ジムで体を鍛えたり、バイトで「働くってそういうもんでしょ」なんて言ったりしている姿を見て、気づきました。
心配ごとの9割は、実際には起こらない。
あなたはちゃんと自分で考えて、自分の足で歩いていける子だった。私が先回りして心配する必要なんてなかったんだね。
だから私は、これからこう変わります。
あなたがどうしたいのか、まずしっかりと耳を傾けるママでありたい。
否定から入るのではなく、「やってみたら?」と背中を押せるママになりたい。
あなたの気持ちを最優先にした決断をしていきたい。
正直に言うと、今でも時々心配が先に立って口を出しそうになることがあります。
まだまだ未熟なママです。すぐには変われないかもしれない。
でも「あの時は心配で反対しちゃったけど、よく考えたらやってみるのもいいかもしれないと思ったよ」って、ちゃんと伝えられるママでいたい。
不登校も、反抗期も、退学も、全部つらかったけれど、あの経験がなかったら私はずっと「偏差値=幸せ」という思い込みから抜け出せなかったと思います。
あなたが私を成長させてくれました。
あなたの人生は、あなたが決めるもの。
自我が強くて、自分が納得した生き方しかしないあなたのこと、私は心から尊敬しています。
あなたならきっと大丈夫
あなたが頑張り屋さんなこと、ママはずっと見てきました。
すごく苦しい時期を、あなたは自分の力で乗り越えた。
周囲の人にいつも優しくて、友達を大切にするあなたのことを、私は誇りに思っています。
そんなあなたなら、これからどんな苦難が待っていようと大丈夫。きっと乗り越えられると信じています。
もしママに相談できない悩みがあっても、あなたの周りにはたくさんの友達がいる。
中学時代、辛い別れを経験したからこそ分かるはず。友達の存在がどれだけ心の支えになるか。
どうかこれからも、友達を大事にしてね。
そしてね、あなたにお願いがあるの。
自分のやりたいことを、どうか諦めないでほしい。
料理でもギターでも筋トレでも、株でもバイトでも、あなたが「これだ」と思ったことに全力で飛び込んでいってほしい。
中学受験の時のように誰かに決められた目標じゃなくて、あなた自身が見つけた夢を。
遠回りしたっていい。途中で変わったっていい。
あなたが目を輝かせて何かに夢中になっている姿を見ることが、ママにとって一番の幸せだから。
最後に
中学受験を勧めたこと。
あの学校を選んでしまったこと。
あなたの気持ちより学校の体裁を優先したこと。
離婚で寂しい思いをさせたこと。
反抗期のあなたの心の叫びに気づけなかったこと。
「良い学校に入り、良い大学に行き、医師になること」があなたの幸せだと押し付けたこと。
全部、今でも罪悪感を抱えています。
きっとこの先もずっと抱え続けると思います。
でもね、あなたがあの全部を乗り越えて、今こうして笑っていてくれること。
それが私にとって何よりの救いです。
これからは親子で支え合って、楽しい生活を過ごしていこうね。
まだまだ未熟なママだけど、あなたのおかげで少しずつ成長できている気がします。
成長させてくれて、ありがとう。
ママはこれからも、ずっとあなたを見守っています。
何があっても、誰よりもあなたの味方だということだけは忘れないでね。
大好きだよ。
ママより
この手紙を読んでくださった方へ
私たち親子は、中学受験・不登校・起立性調節障害・退学・反抗期・うつ病と、本当にたくさんの壁にぶつかりました。
「もうダメかもしれない」と何度も思いました。
でも、今こうして息子は高校に通い、友達と笑い合い、バイトをして、自分の好きなことを見つけて、毎日を楽しく過ごしています。
一緒にご飯を食べて、一緒に買い物に行って、時々冗談を言い合えるくらいに、親子関係も回復しました。
もし今、不登校のお子さんのことで苦しんでいるお母さん、お父さんがいたら、伝えたいことがあります。
私の場合——この手紙を書けるようになるまでに、何年もかかりました。渦中にいた頃は、こんな日が来るなんて想像もできなかった。でも来たんです。だから信じてほしい。
あなたのお子さんにも、きっと明るい未来が待っています。
親子でたくさんぶつかって、たくさん傷ついて、でもその先に「あの時があったから今がある」と思える日は必ずきます。
私たち親子がそうだったように。
今は真っ暗なトンネルの中にいるように感じるかもしれません。
でもトンネルには必ず出口があります。お子さんのペースを信じて、どうか一緒に歩いてあげてください。
私たちの場合、通信講座との出会いが大きな転機になりました。勉強のことで口出しをしなくなったことで親子関係が改善し、息子は自分のペースで学力を取り戻していきました。同じような状況の方の参考になれば幸いです。
みっこの本音——書き終えて
この手紙を書きながら何度も涙ぐんでしまいました。でもこうやって思い返して吐き出したことで、胸のつかえが少し軽くなった気がします。同じように苦しんでいるお母さんが「うちだけじゃないんだ」と思ってくれたら、この手紙を公開した甲斐があります。
- 中学受験を勧めたこと・あの学校を選んだこと・限界に気づけなかったこと——すべての「ごめんね」を伝える手紙
- 高校で笑えるようになった息子と、通信講座で見つけた新しい道への「ありがとう」
- 同じ状況のお母さん・お父さんへ。「うちだけじゃない」「いつかこんな日が来る」と伝わってくれたら


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