毎晩、息子と勉強のことで怒鳴り合い。怒って、泣いて、自己嫌悪に陥って、また翌日同じことを繰り返す。
「もう限界だ」と何度思ったかわかりません。
ADHDの特性があるかもしれない息子の勉強を見ることは、私にとって精神的な拷問でした。でもある日、通信講座という選択肢に出会って、親子の関係が少しずつ変わり始めたのです。
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地獄のような毎日の「勉強バトル」
5分で崩壊する勉強時間
「さあ勉強しよう」と声をかけて、息子が机に向かう。教科書を開く。——そこまでは良い。
でも30秒後にはペンを回し始め、1分後にはスマホに手が伸び、5分後には「トイレ」と言って席を立つ。戻ってきた頃にはもう集中力はゼロ。
ノートを見ると、2行書いてあとは白紙。45分間机に座らせても、実質的な学習時間は5分にも満たなかったと思います。
「なんで普通のことができないの!」
学校からの電話。「提出物が出ていません」「テスト中に教室を出て行きました」——そのたびに私は息子を責めました。
参観日に行けば、息子の机だけがプリントであふれてぐちゃぐちゃ。周りのお母さんに笑われて、恥ずかしさで顔が熱くなりました。
「この子は将来どうなるんだろう」——そんな不安が、怒りに変わる。怒りが、涙に変わる。涙が、自己嫌悪に変わる。その繰り返し。
私がうつになりかけた夜
ある夜、些細なことから口論になり、息子は衝動的に家を飛び出しました。深夜です。私は泣きながら外を探し回りました。
見つけた時、息子も泣いていました。
帰宅後、一人で布団にくるまりながら思いました。「私のやり方が、全部間違っていたのかもしれない」と。
息子も相当苦しんでいた——後から知った本音
容姿をからかわれても言えなかった優しさ
私が息子の行動ばかりに目を向けていた裏で、息子は息子で、相当苦しんでいました。
学校で容姿をからかわれていたことを、息子はずっと黙っていました。先生に「なぜその場で言わないんだ」と問い詰められても、息子は口を閉ざしていた。
後から理由を知って、胸が痛くなりました。からかっていた子の母親がヒステリックな人で、もし先生に言ったらその子が家で怒られて傷つく——息子はそう考えて、自分が我慢することを選んだのです。
自分が辛いのに、相手を守るために黙った。それは「問題行動ばかり起こす子」のイメージとはかけ離れた、息子の優しさでした。私はその優しさに、全く気づけていなかったのです。
「親が話を聞いてくれなくて辛い」
もうひとつ、後になって知ったことがあります。息子が友達の親に「親が話を聞いてくれなくて辛い」と訴えていたということです。
私はずっと息子の話を聞いてきたつもりでした。でも振り返ってみると、私が「聞いていた」のは勉強のこと、学校のこと、提出物のことばかり。息子が本当に話したかったこと——友達のこと、辛かったこと、怖かったこと——には耳を傾けていなかったのかもしれません。
家の居心地が悪いと感じていた息子。それなのに私は「なんで勉強しないの」「なんで提出物出さないの」と詰め続けていた。息子にとって、家は安らげる場所ではなくなっていたのだと思います。
母親の暗黒時代——壁の写真カレンダー
不登校が続いていた頃の私は、まさに暗黒時代でした。
自分の部屋の壁に、息子の小さい頃の写真をカレンダーにして貼っていました。幼稚園で笑顔で走り回る息子。小学校の入学式で誇らしげにランドセルを背負う息子。中学受験の合格発表で跳び上がって喜ぶ息子。
「あの笑顔の男の子は、どこに行ってしまったの」
毎日その写真を見ては泣いていました。カレンダーを外すこともできなかった。あの頃の笑顔が息子の「本当の姿」で、今の状態は一時的なものだと信じたかったから。
次第に外出もできなくなりました。笑いながら通学する学生たちを見ると胸が苦しくなり、息子に退学を迫った学校の制服を見かけると動悸が止まらない。心療内科でうつ病・睡眠障害・抗不安薬を処方してもらいながら、なんとか日々を過ごしていました。
追い詰められていたのは息子だけじゃなかった
シングルマザーの私は、教育にお金は惜しみたくないと働きづめでした。でも私立の交際費、個別塾は1時間8,000円、貯金が減っていく恐怖——金銭的な不安は常につきまとっていました。出席に一喜一憂する日々が、私の精神をじわじわと蝕んでいきました。
仕事で余裕がない私は、息子にとって「普通じゃないお母さん」に映っていたようです。ある日、「普通のママが良かった」と言われ、泣き崩れた夜がありました。
▼ 「普通のママが良かった」と言われた詳しいエピソードはこちらの記事に書いています
転機——「勉強を教えない」という決断
限界を感じた私は、ある決断をしました。「私が息子の勉強を管理するのをやめる」ということ。
それまで私は、横に座って監視し、解けない問題があれば教え、提出物の管理まで全部やっていました。でもそのすべてが、親子関係を壊す原因になっていた。
代わりに選んだのが、通信講座でした。
通信講座に変えて起きた3つの変化
変化1:「勉強しろ」と言わなくなった
通信講座は1回15分。映像授業とAIドリルが自動で「今日やるべきこと」を提示してくれます。
私がスケジュールを立てる必要がない。「やったの?」と聞く必要もない。通信講座のシステムが進捗を管理してくれるから、私は口を出さなくていい。
「勉強しろ」と言わなくなっただけで、夕食の時間が穏やかになりました。
変化2:息子が自分から学習するようになった
ADHDの子は「やらされる」ことに強い抵抗を感じます。でも「自分で選んで、自分のペースでやる」なら話は別。
タブレットで映像を見て、問題を解いて、すぐに正解がわかる——このテンポの良さが息子のADHD特性にハマったようです。好きな教科から始めて、調子が良ければ2科目やることもありました。
変化3:親子の会話が戻った
一番大きな変化はこれです。勉強の話題が「戦場」ではなくなった。
「今日の数学の動画、めっちゃわかりやすかった」——息子がそんなことを言ったとき、涙が出そうになりました。勉強の話で笑い合える日が来るなんて、想像もしていなかった。
初めて息子がタブレットで勉強している姿を見た日
忘れられない瞬間があります。通信講座を始めて数日後、リビングを通りかかった時に見た光景。
息子がソファに座って、タブレットで黙々と問題を解いていました。
たったそれだけのこと。でも私にとっては、信じられない光景でした。あれだけ「勉強しろ」と怒鳴っても動かなかった息子が、誰にも言われずに、自分から勉強している。
泣きそうになりました。でも堪えた。ここで感動を見せたら「やらされている」と感じてしまうかもしれない。何事もないように通り過ぎて、キッチンに入ってから、一人で静かに涙を拭きました。
通信講座がADHDの子に合う理由
- 短い時間で区切れる:1回15分だから集中が持続しやすい
- 視覚的に刺激がある:映像授業やアニメーションで飽きにくい
- 即座にフィードバック:解いたらすぐ正解がわかり、報酬系が満たされる
- 自分のペースで進められる:「今日は調子が悪いから1単元だけ」もOK
- 親が介入しなくていい:親子バトルの最大の原因を取り除ける
「頑張ってるね」のひとことで崩れた涙
追い詰められた末に、市の発達障害相談に足を運んだことがあります。相談員の方に状況を話した時、「お母さん、頑張ってるね」と言われた瞬間、堰を切ったように涙がこぼれました。夫もいない、両親にも心配をかけたくない、1人で抱え込んできた日々が一気に溢れ出しました。
あの経験から、私は同じように苦しんでいるお母さんに伝えたい。一人で抱え込まないでほしい。市の相談窓口、学校のスクールカウンセラー、発達障害の支援センター——相談できる場所は必ずあります。こちらの記事にも書きましたが、公的な支援を利用することは決して恥ずかしいことではありません。私がそうだったように、たった一言「頑張ってるね」と言ってもらえるだけで、崩れかけた心が少しだけ立て直せることがあるのです。
高校に入って変わった息子
たくさん悩んで、泣いて、通信講座という選択にたどり着いた結果、息子は高校に進学できました。入学して1ヶ月ほど経った頃、「学校どう?」と聞くと「今までで一番楽しい」と言ったのです。自分から夜早く寝るようになり、処方されていた薬も毎日飲むようになった。息子が出かけたあとに薬のシートが1粒減っているのを見て、この子は確かに成長しているんだと噛み締めました。
同じつらさを感じているお母さんへ
あなたは頑張りすぎています。ADHDの子の勉強を一人で抱え込む必要はありません。
通信講座は万能ではないし、すべての子に合うわけでもない。でも少なくとも、「毎日の勉強バトル」から解放される可能性がある。それだけで、親の精神的な余裕は劇的に変わります。
余裕ができれば、息子の「できないこと」ではなく「できること」に目が向くようになる。この子の将来を、不安ではなく希望で語れるようになる。
あの地獄のような夜から、我が家が少しずつ変わったきっかけは、たった月数千円の通信講座でした。
そしてもうひとつ。私が伝えたいのは、あなたのお子さんも、きっと苦しんでいるということです。容姿をからかわれても言えなかった息子のように、「親が話を聞いてくれない」と別の大人に訴えていた息子のように——子どもは子どもなりに、必死にもがいている。その苦しみに気づいた時、きっと親子の関係は変わり始めます。
壁に貼った写真カレンダーの中の息子は、今も笑っています。でも今は、その写真を見ても泣かなくなりました。なぜなら、高校に通う息子の今の笑顔のほうが、ずっと眩しいから。あの暗黒時代を経たからこそ、今の何気ない日常がどれだけ尊いか、身に染みてわかるのです。


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