ADHDの子育てがつらいお母さんへ|勉強バトルがなくなった通信講座という選択肢

記事ID:347 ADHDの子育てがつらいお母さんへ伝えたい アイキャッチ(caseE版) ADHD・発達障害と向き合う

毎晩、息子と勉強のことで怒鳴り合い。怒って、胸がいっぱいになって、自己嫌悪に陥って、また翌日同じことを繰り返す。

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みっこ塾か通信か、最初は迷ったの。決め手は意外と感情的だったかもしれません。

「もう限界だ」と何度思ったかわかりません。

ADHDの特性があるかもしれない息子の勉強を見ることは、私にとって精神的な拷問でした。でもある日、通信講座という選択肢に出会って、親子の関係が少しずつ変わり始めたのです。

地獄のような毎日の「勉強バトル」

5分で崩壊する勉強時間

「さあ勉強しよう」と声をかけて、息子が机に向かう。教科書を開く。——そこまでは良い。

でも30秒後にはペンを回し始め、1分後にはスマホに手が伸び、5分後には「トイレ」と言って席を立つ。戻ってきた頃にはもう集中力はゼロ。

ノートを見ると、2行書いてあとは白紙。プリントは名前だけ書いて残りは真っ白。45分間机に座らせても、実質的な学習時間は5分にも満たなかったと思います。

ゴールが見えるマラソンなら走れます。でもゴールがどこにあるか分からないまま「とにかく走れ」と言われたら、大人でも足が止まる。不登校で学ぶ意味を見失った子に勉強を強要するのは、ゴールのないマラソンを走らせるのと同じだったのだと思います。

「なんで普通のことができないの!」

学校からの電話。「提出物が出ていません」「テスト中に教室を出て行きました」——そのたびに私は息子を責めました。

参観日に行けば、息子の机だけがプリントであふれてぐちゃぐちゃ。周りのお母さんに笑われて、恥ずかしさで顔が熱くなりました。

息子の勉強机の実際の様子です。プリントや教科書が積み上がり、何がどこにあるか本人にも分からない状態でした。

息子の勉強机。プリントと教科書が積み上がり、本人も何がどこにあるか分からない状態だった

ある日、ママ友からLINEが来ました。「明日〇〇提出だよ!」——慌てて息子に確認しても、肝心の教科書が見当たりません。家中をひっくり返しても出てこない。仕方なく友達の家まで車を走らせ、コピーを取らせてもらったことが何度もありました(それでも結局、息子は提出しないのですが…)。そういうことが続いて、私は家用にもう1冊、予備の教科書を買っておくようになりました。

家用に余分に買った教科書が積み重なっている様子

主要科目だけでも何十冊と買い足したので、出費もばかになりませんでした。それでも「明日また同じことが起きたら…」と思うと買わずにいられなかったのです。

家でも同じです。料理好きのはずなのに、鍋を火にかけたまま「ちょっとスマホ見るだけ」と部屋に戻り、1時間後に煙が出て初めて気づく。これが1回や2回じゃない。料理の後は引き出しが開きっぱなし、調味料の蓋も開きっぱなし。息子は深夜に料理をすることも多かったので、朝起きてキッチンを見て愕然とすることが何度もありました。

ペットボトルの蓋を開けたまま部屋の床にポイと捨てるので、こぼれた絨毯を何度も拭きました。玄関の鍵を閉めずに外出していることもあり、帰宅して鍵が開いていると不用心で怖くなったこともあります。「〇時に出るからね」と伝えても、その時間にまだパジャマで歯磨きをしている。時計を見て逆算するという感覚がないのです。最初は「なんでこんなこともできないの」と思いましたが、やがてこれは叱って直るものではないと分かりました。

買い物にも特徴が出ます。同じ服ばかり買いたがるのです。クローゼットを見ると似たような黒いパーカーが何枚も並んでいて、思わず笑ってしまったこともあります。ADHDの子は選択肢が多いと比較して選ぶこと自体に疲れてしまうため、「前にこれが良かったから同じでいい」となりやすい。また、既に同じものを持っていることを忘れて2個買ってくることもありました。本人に悪気はまったくないのですが、最初はそれが分からず「なんで確認しないの」とイライラしていた自分が恥ずかしくなります。

「この子は将来どうなるんだろう」——そんな不安が、怒りに変わる。怒りが、涙に変わる。涙が、自己嫌悪に変わる。その繰り返し。

私がうつになりかけた夜

ある夜、些細なことから口論になり、息子は衝動的に家を飛び出しました。深夜です。私は泣きながら外を探し回りました。

見つけた時、息子も泣いていました。

帰宅後、一人で布団にくるまりながら思いました。「私のやり方が、全部間違っていたのかもしれない」と。

あの頃、家の中の歯車はとっくに狂い始めていました。親子関係はギクシャクして、家の雰囲気も居心地も最悪。もう嫌だ、全部最初からやり直したい——そう思わない夜はありませんでした。

息子も相当苦しんでいた——後から知った本音

私は自分が辛い辛いと思っていました。でも本当に苦しんでいたのは、息子の方でした。

毎日欠かさずお風呂に入る子でした。どんなに反抗的な態度を取っている日でも、お風呂だけは必ず入っていた。それが、3日間お風呂に入らなかった時期があったのです。

部屋のドアの前に立つと、かすかに聞こえてくるのは布団の中の息遣いだけ。声をかけても返事がない。食事も手をつけない。あの清潔好きな息子が身だしなみすら気にできなくなっている——それがどれほど追い詰められていたかの証拠だと気づいた時、足から力が抜けました。

息子はきっと、自分でも何が起きているか分からなかったのだと思います。学校では「こんな生徒は過去にいない」と叱られ、友達との距離は日に日に開いていく。勉強したくてもできない自分に苛立ち、でもどうすればいいか分からない。誰にも助けを求められないまま、ただ布団の中で目を閉じるしかなかったのです。

ある朝、いつもなら「うるさい!」「放っておいて!」と叫んでくる息子に声をかけました。返ってきたのは、「うん……」という小さなうなずきだけ。目も合わせず、布団の中から微かに聞こえる声。怒鳴られるのは辛かったけれど、あの「うん」の方が何倍も怖かった。

片時も手放さなかったスマホが、枕元に置いたまま光っていました。友達からの通知が何件も溜まっているのに、手を伸ばそうとしない。あのスマホ依存の息子が、画面すら見る気力を失っている。ゲームの音も、LINE通話の声も、聞こえなくなった部屋の静けさが、息子の心の状態をそのまま映し出していました。

あの頃、私は息子の部屋の前の廊下にお菓子や飲み物を入れた箱を置くようにしていました。顔を合わせると怒鳴られるから、声もかけずにそっと置いて離れる。しばらくすると、ドアの向こうから箱をガサガサ漁る音が聞こえてくる。たったそれだけのことが、涙が出そうなほど嬉しかった。あの音だけが、息子がそこにいる証拠だったから。

容姿をからかわれても言えなかった優しさ

私が息子の行動ばかりに目を向けていた裏で、息子は息子で、相当苦しんでいました。

学校で容姿をからかわれていたことを、息子はずっと黙っていました。先生に「なぜその場で言わないんだ」と問い詰められても、息子は口を閉ざしていた。

後から理由を知って、やるせない気持ちになりました。からかっていた子の母親がヒステリックな人で、もし先生に言ったらその子が家で怒られて傷つく——息子はそう考えて、自分が我慢することを選んだのです。

自分が辛いのに、相手を守るために黙った。それは「問題行動ばかり起こす子」のイメージとはかけ離れた、息子の優しさでした。私はその優しさに、全く気づけていなかったのです。

「親が話を聞いてくれなくて辛い」

もうひとつ、後になって知ったことがあります。息子が友達の親に「親が話を聞いてくれなくて辛い」と訴えていたということです。

私はずっと息子の話を聞いてきたつもりでした。でも振り返ってみると、私が「聞いていた」のは勉強のこと、学校のこと、提出物のことばかり。息子が本当に話したかったこと——友達のこと、辛かったこと、怖かったこと——には耳を傾けていなかったのかもしれません。

家の居心地が悪いと感じていた息子。それなのに私は「なんで勉強しないの」「なんで提出物出さないの」と詰め続けていた。息子にとって、家は安らげる場所ではなくなっていたのだと思います。

私の暗黒時代——壁の写真カレンダー

不登校が続いていた頃の私は、まさに暗黒時代でした。

自分の部屋の壁に、息子の小さい頃の写真をカレンダーにして貼っていました。幼稚園で笑顔で走り回る息子。小学校の入学式で誇らしげにランドセルを背負う息子。中学受験に合格して「ほんとに!?」と大興奮する息子。

「あの笑顔の男の子は、どこに行ってしまったの」

毎日その写真を見ては泣いていました。カレンダーを外すこともできなかった。あの頃の笑顔が息子の「本当の姿」で、今の状態は一時的なものだと信じたかったから。

次第に外出もできなくなりました。通学路であの学校の制服が目に入った瞬間、視界がぐらついて足が止まる——それが何度も続き、心療内科でうつ病・睡眠障害・抗不安薬を処方してもらいながら、なんとか日々を過ごしていました。

追い詰められていたのは息子だけじゃなかった

シングルマザーの私は、教育にお金は惜しみたくないと働きづめでした。でも私立の交際費、個別塾は1時間8,000円、貯金が減っていく恐怖——金銭的な不安は常につきまとっていました。出席に一喜一憂する日々が、私の精神をじわじわと蝕んでいきました。

息子から言われた言葉の中で、一番刺さったものがあります。その夜のことは「親子関係の記録」の記事に書いています。

▼ 「普通のママが良かった」と言われた詳しいエピソードはこちらの記事に書いています

転機——「勉強を教えない」という決断

限界を感じた私は、ある決断をしました。「私が息子の勉強を管理するのをやめる」ということ。

それまで私は、横に座って監視し、解けない問題があれば教え、提出物の管理まで全部やっていました。でもそのすべてが、親子関係を壊す原因になっていた。

代わりに選んだのが、通信講座でした。

通信講座に変えて起きた3つの変化

変化1:「勉強しろ」と言わなくなった

この教材は1回15分。映像授業とAIドリルが自動で「今日やるべきこと」を提示してくれます。

私がスケジュールを立てる必要がない。「やったの?」と聞く必要もない。通信講座のシステムが進捗を管理してくれるから、私は口を出さなくていい。

「勉強しろ」と言わなくなっただけで、夕食の時間が穏やかになりました。

変化2:息子が自分から学習するようになった

ADHDの子は「やらされる」ことに強い抵抗を感じます。でも「自分で選んで、自分のペースでやる」なら話は別。

タブレットで映像を見て、問題を解いて、すぐに正解がわかる——このテンポの良さが息子のADHD特性にハマったようです。好きな教科から始めて、調子が良ければ2科目やることもありました。

変化3:親子の会話が戻った

最も大きな変化はこれです。勉強の話題が「戦場」ではなくなった。

「今日の数学の動画、めっちゃわかりやすかった」——息子がそんなことを言ったとき、涙が出そうになりました。勉強の話で笑い合える日が来るなんて、想像もしていなかった。

初めて息子がタブレットで勉強している姿を見た日

忘れられない瞬間があります。自宅学習を始めて数日後、リビングを通りかかった時に見た光景。

息子がソファに座って、タブレットで黙々と問題を解いていました。

たったそれだけのこと。でも私にとっては、信じられない光景でした。あれだけ「勉強しろ」と怒鳴っても動かなかった息子が、誰にも言われずに、自分から勉強している。

泣きそうになりました。でも堪えた。ここで感動を見せたら「やらされている」と感じてしまうかもしれない。何事もないように通り過ぎて、キッチンに入ってから、一人で静かに涙を拭きました。

通信講座がADHDの子に合う理由

  • 短い時間で区切れる:1回15分だから集中が持続しやすい
  • 視覚的に刺激がある:映像授業やアニメーションで飽きにくい
  • 即座にフィードバック:解いたらすぐ正解がわかり、報酬系が満たされる
  • 自分のペースで進められる:「今日は調子が悪いから1単元だけ」もOK
  • 親が介入しなくていい:親子バトルの最大の原因を取り除ける

「頑張ってるね」のひとことで崩れた涙

追い詰められた末に、市の発達障害相談に足を運んだことがあります。相談員の方に状況を話した時、「お母さん、頑張ってるね」と言われた瞬間、堰を切ったように涙がこぼれました。夫もいない、両親にも心配をかけたくない、抱え込んできた日々が一気に溢れ出しました。

あの経験から、私は同じように苦しんでいるお母さんに伝えたい。一人で抱え込まないでほしい。市の相談窓口、学校のスクールカウンセラー、発達障害の支援センター——相談できる場所は必ずあります。こちらの記事にも書きましたが、公的な支援を利用することは決して恥ずかしいことではありません。私がそうだったように、たった一言「頑張ってるね」と言ってもらえるだけで、崩れかけた心が少しだけ立て直せることがあるのです。

高校に入って変わった息子

たくさん悩んで、泣いて、学習サービスという選択にたどり着いた結果、息子は高校に進学できました。

高校での毎日が「めっちゃ楽しい」と話していた息子。生活リズムも整い、処方薬も自分で管理するようになりました。

私の場合——勉強バトルが毎日だった頃、「もうこの子と一緒にいるのが辛い」と思ってしまったことがあります。母親なのに。でも家庭学習に変えて、勉強の管理を手放してからは、勉強バトルがなくなった。息子との関係が変わったのは、私が「教える」をやめてからでした。

同じつらさを感じているお母さんへ

あなたは頑張りすぎています。ADHDの子の勉強を一人で抱え込む必要はありません。

「育て方が悪いんじゃないの?」「もっとちゃんとしつけなさいよ」——そんな言葉を浴びせられたことはありませんか。私は何度もありました。でもADHDは脳の機能の違いです。あなたのせいじゃない。お子さんのせいでもない。

「私なら引きずってでも学校に連れて行く」と言い切れる人は、きっとその経験がないのだと思います。散々やらせようとして親子でボロボロになった末に、ようやく気づくんです。無理に行かせることで、さらに心を壊してしまう子がいることを。勝手に人の子の将来を、不登校が原因で終わったと決めつけないでほしい。

「この子は将来、就職できるのだろうか」「自立して生きていけるのだろうか」——その不安も痛いほど分かります。でも、ADHDの特性を活かして社会で活躍している大人はたくさんいます。私の知人にも「自分もADHDだよ」と教えてくれた経営者が何人もいました。得意なことを見つけたADHDの子は、誰よりも強いのです。

限界だった私がやった「気分転換」の調べもの

追い詰められていた私は、ネットで「不登校 親 気分転換」「ADHD 子育て ストレス解消」と検索しまくりました。少しでも自分のメンタルを保つ方法がないかと必死でした。

正直に言うと、重度のうつにまで陥っていた当時の私には、どの方法も実践する気力がありませんでした。「カフェに行こう」と言われても布団から出られない日もあったし、「趣味を楽しもう」と言われても何も楽しいと思えなかった。

でも、少し回復してきた時期に試してみたら効果があったものもあります。今つらいお母さんの参考になればと思い、私が調べた方法をまとめておきます。

▶ ADHDや不登校で悩むママの気分転換法10選(タップで開く)

① 一人カフェで「親じゃない自分」の時間を作る
子供が家にいても、30分だけ外に出る。コーヒー1杯の間だけ、ママでもなく、妻でもなく、ただの「自分」に戻る時間。これが意外と効きます。罪悪感を感じる必要はありません。

② X(旧Twitter)で同じ境遇のママとつながる
夫に話しても響かない。ママ友には言えない。でもXには同じ悩みを抱えたお母さんが本当にたくさんいます。私はXで日々の悩みを書き出していただけで、数ヶ月でフォロワーが4,000人を超えました。それだけ同じ思いの人がいるということ。対面では話せないことでも、顔を合わせないXなら気楽に会話できる。先輩ママからアドバイスをもらったり、フリースクールの存在を教えてもらったり、つながりが情報にもなり、心の支えにもなりました。ただしXには厳しい言葉を投げてくる人もいます。弱っている時に叱責のコメントが来ると心にどしんと響くので、合わないと感じたら無理せず距離を取ってください。

③ 気持ちを紙に書き出す
頭の中でぐるぐる回っている不安を、ノートにそのまま書く。誰にも見せなくていい。書くだけで「自分が何に悩んでいるのか」が整理されて、少しだけ楽になります。

④ 散歩する——それだけでいい
大げさな運動じゃなくて、家の周りを10分歩くだけ。太陽の光を浴びて、空を見上げて、深呼吸する。たったそれだけで、部屋にこもっていた時とは気持ちが変わります。

⑤ 泣ける映画やドラマを見て、思いっきり泣く
泣くことにはストレス解消効果があるそうです。本当にしんどい時は映画を見る気にもならない。それでも無理矢理、YOUTUBEで可愛い動物の動画を見ていた。動物が好きな私は最初はつらい気持ちを押し殺して動画を見ていたけど、気づけばおっちょこちょいな犬や猫の姿を見てクスっと笑うこともあった。

⑥ 推し活で「子供以外のこと」に意識を向ける
好きなアーティスト、ドラマ、アニメ——何でもいいから、子供の問題から完全に意識が離れる時間を作る。「こんな時に推し活なんて」と思うかもしれないけど、ママが笑っていることが子供にとっても一番の安心材料です。

⑦ 体を動かす(ジム・ヨガ・ストレッチ)
イライラした時に体を動かすと、驚くほど気分が変わります。ジムに通えなくても、YouTubeのヨガ動画を寝る前に10分やるだけでも違いました。

⑧ 家事の手抜きを自分に許す
ご飯がお惣菜でも、洗濯物が畳めなくても、部屋が散らかっていても、今日一日生きていたら100点。完璧な母親にならなくていい。手抜きは怠けじゃなくて、自分を守る手段です。

⑨ 鏡の前で「私は頑張っている」と言う
馬鹿らしいと思うかもしれません。でもADHDの子育てをしていると、自己肯定感がどんどん削られていく。誰も褒めてくれないなら、自分で自分を褒める。「今日もよく頑張った」と口に出すだけで、心が少し温かくなります。

⑩ 専門家に頼る——それは「負け」じゃない
心療内科、スクールカウンセラー、市の発達相談窓口。私は心療内科に通って薬をもらいながらなんとか持ちこたえました。「頑張ってるね」と相談員に言われた日、止められないほど涙が出ました。助けを求めることは弱さではなく、子供を守るための強さです。

全部やる必要はありません。今の自分にできそうなこと、たった1つでいい。それだけで十分です。

通信講座は万能ではないし、すべての子に合うわけでもない。でも少なくとも、「毎日の勉強バトル」から解放される可能性がある。それだけで、親の精神的な余裕は劇的に変わります。

余裕ができれば、息子の「できないこと」ではなく「できること」に目が向くようになる。この子の将来を、不安ではなく希望で語れるようになる。

あの地獄のような夜から、我が家が少しずつ変わったきっかけは、たった月数千円の教材でした。

そしてもうひとつ。私が伝えたいのは、あなたのお子さんも、きっと苦しんでいるということです。容姿をからかわれても言えなかった息子のように、「親が話を聞いてくれない」と別の大人に訴えていた息子のように——子どもは子どもなりに、必死にもがいている。その苦しみに気づいた時、きっと親子の関係は変わり始めます。

壁に貼った写真カレンダーの中の息子は、今も笑っています。でも今は、その写真を見ても泣かなくなりました。なぜなら、高校に通う息子の今の笑顔のほうが、ずっと眩しいから。あの暗黒時代を経たからこそ、今の何気ない日常がどれだけ尊いか、身に染みてわかるのです。

みっこの本音——勉強バトルがなくなった日

毎日怒鳴り合っていた頃のことを思い出すと、今でも胸がぎゅっとなります。あの時の自分に「自宅学習に変えたら楽になるよ」と教えてあげたい。勉強を教えないという選択が、親子関係を救ってくれた。つらいと感じているお母さんへ。あなたのせいじゃないです。やり方を変えれば、息子さんとの毎日は変わります。

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この記事のポイント
  • 地獄のような毎日の「勉強バトル」
  • 息子も相当苦しんでいた——後から知った本
  • 私の暗黒時代——壁の写真カレンダー
  • 転機——「勉強を教えない」という決断
  • 通信講座に変えて起きた3つの変化
焦らず、お子さんと一緒に選んでみてくださいね。
ADHD・発達障害と向き合う
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みっこ
この記事を書いた人

シングルマザーとして、不登校・起立性調節障害・ADHDの息子と歩んできました。中3の4月に始めた通信講座(進研ゼミ)をきっかけに、約1年後に高校合格。同じように悩んでいる親御さんに「あなただけじゃないよ」と伝えたくてこのサイトを作りました。

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