「なんでこんな簡単なことができないんだろう」
不登校、起立性調節障害——息子の問題はそれだけだと思っていました。でもある時から、それだけでは説明がつかない「違和感」に気づき始めたのです。
この記事では、中学生の息子にADHD(注意欠如・多動症)の特性があるのではないかと気づいた母親の実体験をお話しします。
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中学生になって感じた「何かが違う」
小学生の頃は、そこまで強く感じていませんでした。中学受験の勉強も、私が立てたスケジュール通りにこなしていたし、塾の上位クラスにも在籍していた。「真面目で頑張り屋な子」だと思っていました。
でも中学に入ってから、息子の様子が明らかに変わりました。いえ、正確には——小学生の頃には見えなかった特性が、中学生になって一気に表面化したのだと思います。
集中力が続かない
とにかく、勉強への集中力が続きませんでした。
授業のノートを見ると、2行ほど書いてあとは白紙。家で勉強を始めても、すぐに近くにある物をいじり始めて全く進まない。
「やる気がないのかな」「反抗期だから勉強したくないだけかな」——最初はそう思っていました。でも、息子の目を見ていると、サボっているのとは違う。集中したくてもできない、そんな風に見えたのです。
何度言っても「できない」
日常生活でも、気になることが増えていきました。
- 何度も財布や鍵をなくす
- 「電気消してね」「鍵閉めてね」——そんな簡単なことができない
- 人の話を最後まで聞けず、指示を聞き漏らしてしまう
- 頼んだことを忘れてしまう
怒っても、注意しても、翌日にはまた同じことの繰り返し。「なんで何回言ってもできないの!」と何度叫んだか分かりません。
でも息子だって、わざとやっているわけじゃない。怒られるたびに「ごめん」と小さく言う姿を見て、私の方が胸が痛くなりました。
過集中という不思議な特性
一方で、不思議なこともありました。
「これをやりたい」と思ったことに対しては、周りが見えなくなるほど徹底的に取り組むのです。料理に夢中になれば何時間も台所に立ち、ギターを弾き始めれば深夜まで止まらない。筋トレも毎日欠かさず続ける。
勉強には5分と集中できないのに、好きなことには何時間でも没頭できる。この極端な差が、ただの「やる気の問題」では片づけられないと感じた最初のきっかけでした。
学校で突きつけられた「息子だけが違う」という現実
参観日の恥ずかしい出来事
忘れられない出来事があります。
学校の参観日、他の生徒たちは保護者が来るので机をきれいに整頓していました。でも息子の机だけ、教科書とプリントがギューギューに押し込まれて、はみ出している状態。
恥ずかしくて、私が慌てて片づけていると、周りのお母さんたちに笑われてしまいました。
息子の部屋も同じです。片づけても片づけても、すぐに足の踏み場がないほど散乱する。ゴミをゴミ箱に捨てることすらできず、床にポイと置いてしまう。何度言っても、何度一緒に片づけても、3日後にはまた元通り。
「数百人の中で息子だけ」
ある日、先生からこう言われました。
「この課題を提出していないのは、数百人いる生徒の中でお子さんだけです」
その課題は、たった2文字の習字を書くだけのもの。何度も提出するように促されていたのに、最後まで出さなかったと。
なぜ。数分で終わるような課題すら出せないのだろう。不思議で、悔しくて、情けなくて、たまりませんでした。
先生から他の生徒との違いを具体的に聞かされるたびに、「もしかして、何か発達障害があるのでは?」という思いが少しずつ大きくなっていきました。
衝動性——予測できない息子の行動
息子は反抗期ではありましたが、ヤンチャなタイプではありません。学校に反発しているわけでもなかった。でも、ある瞬間にスイッチが入ると、衝動的な行動を止められないのです。
期末テスト中に学校を脱走
期末テスト期間中、私と喧嘩をしたことがありました。ちゃんとテストを受けているか心配になり、こっそり学校に確認しに行ったのですが、それが息子にバレてしまった。
怒った息子は、衝動的に学校を脱走してしまいました。
先生たちは「生徒が行方不明になった」と校内を探し回ったそうです。後日、校長先生宛てに詫び文を書かされ、何度も校長室に呼び出されました。
校長先生は驚いた様子でこう言いました。
「衝動的に学校を抜け出すなんて、当校始まって以来初めてです」
家でも、スマホの使い方で喧嘩になると衝動的に家を飛び出すことが増えていきました。怒りの感情をコントロールできない——それは反抗期だけでは説明がつかない何かでした。
ADHDの不注意型——息子の特性とぴったり一致
ネットでADHDについて調べ始めました。ADHDには大きく分けて「不注意型」と「多動・衝動型」があることを知りました。
不注意型の特徴を読んだ瞬間、鳥肌が立ちました。
- 集中力が続かない(でも好きなことには過集中)
- 忘れ物・なくし物が多い
- 人の話を最後まで聞けない
- 整理整頓ができない
- 簡単な指示を忘れてしまう
- 課題の提出や期限を守れない
全部、息子のことだ。
私には兄と弟がいます。2人の中学時代を思い出してみても、息子とは全く違うタイプでした。親に言われたことはきちんと聞き、整理整頓もでき、学校のルールにはどれだけ嫌でもちゃんと従っていた。
そんな優秀な兄弟に挟まれて育った私にとって、息子の自由奔放すぎる生活態度は本当に理解できないものでした。「なんでできないの?」ではなく、「できない理由があるのかもしれない」——そう考えを変えたのは、ADHDという特性を知ってからです。
振り返れば、私が「普通」にこだわってしまった背景には、母親の実家が医師家系だったことが大きく影響しています。親族はほぼ全員が医師で、「良い学校に行き、医者になるのが当たり前」という空気の中で育ちました。その価値観が無意識に染みついていたから、息子が「普通」の枠からはみ出すことが、どうしても受け入れられなかったのだと思います。提出物が出せない、片づけができない——それは医師家系の「きちんとした」世界では許されないことでした。でも息子は、その枠の中で生きる子ではなかった。それに気づくまでに、ずいぶん時間がかかってしまいました。
母親の私も限界だった
息子のADHDを疑い始めた頃、私自身も追い詰められていました。息子が学校に行けた日は気持ちが明るくなり、休んだ日は寝込むほど気分が沈む——出席に一喜一憂する毎日でした。息子の機嫌や体調に自分のメンタルが完全に支配されていたのです。
次第に外出することが怖くなりました。笑いながら通学する学生たちを見ると胸がぎゅーっと締め付けられ、息子に退学を迫った学校の制服を見かけると動悸と冷や汗が止まらなくなる。心療内科に通い、鬱・睡眠薬・抗不安薬をもらいながらなんとか日々をやり過ごしていました。「なんでうちの子だけこんなことに…」——その思考が頭から離れなかったのです。
診断の壁——グレーゾーンのもどかしさ
すぐに病院を探し始めました。もしADHDと診断されれば、診断書を学校に提出することで理解を得やすくなるのではないか。息子が怒られ続ける日々を変えられるかもしれない。
でも、現実は甘くありませんでした。
発達障害の診断ができる病院を探し回っても、予約は2〜3ヶ月先。すぐに診てもらえる病院がなかなか見つからない。息子が毎日苦しんでいるのに、何もしてあげられないもどかしさ。
結局、現在もはっきりとした診断は出ていません。「グレーゾーン」のままです。
ただ、医師である親戚や家族が息子の様子を見て、こう言っていました。
「何かしらの発達障害は、多少あるのかもしれないね」
ADHDは「ダメな子」の証じゃない
正直に言います。
私自身、息子にADHDの特性があるかもしれないと思った時、辛いとか悲しいという感情はありませんでした。
むしろ、ADHDはやりたいことを見つけた時に人一倍の力を発揮する、優秀な子に多い特性だと思っています。実際、息子は好きなことに対する集中力と行動力はすさまじい。料理、ギター、筋トレ——興味を持ったことにはとことんのめり込み、驚くほどの成果を出します。
だからADHDそのものが心配なのではありません。
私が心配なのはただ一つ。
この特性のせいで、息子が「場に馴染めない行動」をしてしまい、生きづらさや辛い思いを感じるのではないか——それだけです。
実際に、中学では提出物が出せず、衝動的な行動を取り、先生から何度も叱られ、最終的に学校を辞めることになりました。息子の能力が低いわけじゃない。ただ「普通」の枠に収まることが難しかっただけなのです。
居場所がなくなっていく恐怖
学校を辞めたあと、友達が通う集団塾を受けたいと息子が言い出しました。中学受験の時のようにみんなでワイワイ勉強したかったのでしょう。しかし3つの塾すべてで英語の点数が足りず不合格。2つ目の結果を聞いた時、「次こそ合格できた?」と期待いっぱいの表情で聞いてきた息子に不合格を告げるのが本当に辛かった。最後の塾では「半年間個別で英語を勉強してから」と言われ、息子は「個別なら諦める…」と落胆した表情で言いました。学校も塾も、息子の居場所がどんどんなくなっていくようで胸が苦しかった。
学校行事に行くのも孤独でした。説明会や体育祭は夫婦で来ている人ばかり。シングルマザーの私は1人でぽつんと座っていました。あるとき息子に「来なくていい」と言われ体育祭に行かなかったことがあります。後日、友人から「息子くん、応援団やっててかっこよかったよ」と聞いた時、行けばよかったと心底後悔しました。
高校生になった息子の言葉
今、息子は高校に通い、毎日笑顔で過ごしています。ある日の夕食時、ふと息子がこう言いました。
「お母さん、俺、医者じゃなくてもいいよね? 自分のやりたいこと見つけるから」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと軽くなるのを感じました。医師家系のプレッシャーの中で、私は無意識に息子にも「医者になること」を期待していたのかもしれません。でも息子は、自分の道は自分で決めると言ってくれた。不登校もADHDの特性も、この子の人生の一部。偏差値や職業で息子の価値が決まるわけじゃない——息子が笑って暮らせるなら、それ以上に大切なことなんてない。今では一緒に食卓を囲み、息子から「最近こんなことがあってさ」と話してくれる。かつて口もきいてくれなかった日々が嘘のようです。
同じ悩みを持つお母さんへ
お子さんの行動に「なんでこんなこともできないの?」と悩んでいるお母さんへ。
もしかしたらそれは、お子さんの努力不足でも、しつけの問題でもないのかもしれません。
- 怒っても叱っても同じことを繰り返す
- 簡単なことが「なぜか」できない
- でも好きなことには驚くほど集中する
こんな特徴に心当たりがあるなら、一度ADHDについて調べてみてください。お子さんの行動の「理由」が見えてくるかもしれません。
そして、理由が分かれば対応も変わります。「なんでできないの!」から、「どうすればこの子に合ったやり方で進められるか」に変わる。その視点の転換が、親子関係を少しだけ楽にしてくれるはずです。
私たちの経験が、少しでも参考になれば嬉しいです。


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