朝7時。仕事に行かなきゃいけないのに、息子は起きない。
何度声をかけても返事はない。布団をめくっても、体が鉛のように重そうで目を開けることすらできない。時計を見るともう7時15分。あと30分で家を出なければ遅刻する。
起立性調節障害の息子を抱えるシングルマザーにとって、朝は「戦場」だった。
この記事では、シンママだからこそ味わった「朝の二重苦」について書いていく。起立性調節障害の症状や学習スケジュールの立て方については「午前中起きられない子の学習スケジュール」に詳しくまとめているので、ここでは私自身の感情と経験だけを正直に書きたい。
シンママの朝──出勤時間と息子の起床時間が噛み合わない
息子の起立性調節障害が再発したのは、中学に入学してすぐのことだった。もともと小6の受験中に発症していたが、入学後に悪化し、昼を過ぎてもしんどい日が続いた。
私はシングルマザーで、息子が幼稚園の頃に離婚している。頼れる「もう1人の大人」は家にいない。
朝の現実はこうだ。
7時に息子を起こす。起きない。7時15分にもう一度起こす。うめき声だけ返ってくる。7時半、私の出勤リミットが迫る。息子はまだ布団の中。
ここで毎朝、究極の二択を迫られた。
無理やり起こして出勤するか。起こさずに出勤するか。
無理やり起こした日は、出勤後にLINEを確認すると既読がつかない。たぶん二度寝している。「結局起こしても意味がなかった」という無力感と、「もっと優しく起こしてあげればよかった」という罪悪感で仕事中に胸が締めつけられた。
起こさずに出勤した日はもっとつらい。電車の中で「息子を見捨てて出てきた」という気持ちがこみ上げてくる。仕事中に学校から着信があると、心臓が止まりそうになった。「今日もお休みでしたが、体調はいかがですか?」──先生の声は優しかったけど、職場のデスクで「大丈夫です、すみません」と答えるのが精一杯だった。
息子の視点|「起きたいのに起きられない」という絶望
起立性調節障害を「怠けている」「気持ちの問題だ」と誤解する人は多い。私も最初はそうだった。でも息子は、誰よりも「起きたい」と思っていたのです。
高校生になってから、息子がぽつりと話してくれたことがあります。
「朝、目覚ましが鳴ってるのは分かってた。起きなきゃって思ってた。でも体が動かない。頭がグラグラして、立とうとすると目の前が真っ暗になる。自分でもどうにもできなかった」
意思と体がバラバラになる。やる気があっても体が言うことを聞かない。自分でもコントロールできない体に、息子は絶望していたのです。
「ママが毎朝起こしてくれてるの分かってた。でも、起きて準備しているうちに気持ち悪くなって、結局また横になる。そしたらママが仕事に行く時間になってて……申し訳なくて、寝たフリしてた時もあった」
あの頃、私は「なんで起きないの!」と怒っていた。でも息子は、起きられない自分を私以上に責めていたのです。
学校に行けなかった日、息子は部屋で何をしていたのか
息子が学校を休んだ日、部屋で何をしていたのか。当時の私は知りませんでした。「どうせゲームしてるんでしょ」と思っていた。でも実際は、もっと複雑な時間を過ごしていたのだと、後になって知りました。
午前中——ベッドから動けない。スマホでゲームを少しやるが、集中できない。友達はみんな学校にいるからLINEも来ない。部屋の天井をただ見つめる。
午後——少し体が動くようになる。ゲームをやるが、そのうち飽きる。「今ごろみんなは授業を受けてるんだろうな」と考え始める。「なんで自分はこんなところで寝てるんだろう」と自分を責め始める。
夕方——体調が回復する。元気になる。でも「今から学校に行っても遅い」。友達が「今日の授業、ここやったよ」とLINEをくれるのを見て、「行けばよかった」という自己嫌悪に襲われる。
夜——元気なのに何もできなかった1日への罪悪感。「明日こそは起きよう」と思うけれど、体がその約束を守ってくれる保証はない。不安で眠れず、結局夜更かしして、また翌朝起きられない——悪循環の繰り返し。
息子は「何もしていない」のではなく、1日中自分と戦っていた。それを知った時、「ゲームばかりして」と決めつけていた自分が恥ずかしくなりました。
仕事中に鳴る電話|トイレで泣いた日
シンママにとって、仕事中の学校からの電話ほど怖いものはありません。
着信画面に「○○中学校」と表示されるたびに、心臓が跳ね上がる。息子に何かあったのか。また問題を起こしたのか。それとも——
「今日も欠席です。体調はいかがですか?」
先生の声は優しかった。責めているわけではないのに、その言葉が私には刃のように刺さった。「すみません、朝起きられなくて……」。デスクでは言えないから、会議室が空いていなければトイレの個室に駆け込んで、小さな声で電話に出た。
電話を切った後、涙が止まらなかった。
周囲の同僚は、普通に仕事をしている。昼休みに「今日の夜ごはん何にする?」なんて話をしている。私はトイレで泣いている。この温度差が、何よりも孤独だった。
「今日も欠席です」の電話は、毎回私の心を削った。10回目くらいで電話が来ても泣かなくなったけれど、それは強くなったのではなく、感情を麻痺させることで自分を守っていただけだったと思います。
「お父さんがいれば」と思ってしまう瞬間
両親がそろっている家庭なら、朝の対応を交代できる。1人が出勤して、もう1人が息子のそばにいてくれる。体調が悪い日は「今日はパパが見てるから」と言える。
私にはそれができなかった。
「お父さんがいれば交代で起こせるのに」──そう思う瞬間が何度もあった。離婚したのは自分の選択だし、後悔しているわけでもない。でも、朝7時の戦場で1人きりだと、ふとそんな考えが頭をよぎる。
特につらかったのは、周囲との温度差だった。
職場で「お子さん、学校は?」と何気なく聞かれるのが苦痛だった。「ちょっと体調崩してて…」と答えるけれど、それが何ヶ月も続くと「まだ?」という空気になる。説明したところで起立性調節障害を知っている人はほとんどいなかった。
ママ友にも不登校を隠していた時期がある。息子が通っていた学校の保護者には特に言えなかった。聞かれるのが怖くて、保護者が集まる場所を避けるようになった。
相談相手がいない孤独は、朝の戦い以上にこたえた。両親に話せば息子の印象が悪くなるかもしれない。高齢の両親に心配もかけたくない。結局、私はずっと1人で抱え込んでいた。
「朝の戦い」をやめた日
ある朝、私は息子を起こすのをやめた。
正確には「やめよう」と決めたわけじゃない。もう限界だった。毎朝怒鳴るように起こして、自分も泣きそうになりながら出勤して、仕事中もずっと胸が痛い。この生活を続けたら、私が先に壊れると思った。
起こすのをやめても、罪悪感は消えなかった。でも、少しずつ変化が起きた。
息子の表情が柔らかくなった。
毎朝「起きて!」と怒鳴られなくなったことで、息子から険しさが消えた。朝の攻防がなくなったことで、親子の会話が少しずつ戻ってきた。それまで私が部屋に入っただけで怒鳴っていた息子が、「こんな料理作ったけど食べてみて」と持ってくるようになった。
投薬治療は続けていたけれど、正直なところ効果が薄い時期もあった。それでも「息子のペースに任せよう」と決めてからは、私自身の気持ちが少し楽になった。
午後からでいい──通信講座が支えてくれたこと
「朝起きられないなら、午後から勉強すればいい」
そう割り切れたのは、通信講座(進研ゼミ)があったからだった。
息子は中1からほとんど勉強がストップしていた。塾は入塾試験で不合格。独学も続かない。でも通信講座なら、体調の良い午後の時間に、自分のペースで進められた。
タブレットを開いて、好きな時間に好きなだけ。AIが苦手な範囲を見つけて、中1の基礎からやり直してくれる。朝起きられなくても、午後に少しずつ積み上げればいい。そう思えたことが、どれだけ救いになったか。
シングルマザーにとって、通信講座の費用が月数千円だったことも大きかった。塾に通わせていた時期は出費が重く、しかも息子は起立性調節障害で頻繁に休んでいた。通信講座に切り替えてからは、金銭的な不安も少し和らいだ。
何より、「勉強しろ」と言わなくて済むようになった。以前の私は息子に勉強を強要して、親子関係を壊してしまった反省がある。通信講座なら息子が自分のタイミングで始められるから、私が口を出す必要がなくなった。結果的に、息子は自主的に勉強するようになっていった。
カレンダーの写真を見て泣いた日
リビングの壁に、息子が小さかった頃の写真で作ったカレンダーを貼っていました。
幼稚園の遠足で、大きなリュックを背負って笑っている写真。七五三で照れくさそうにしている写真。家族旅行で海を見て目を輝かせている写真。
不登校が続いていたある日、仕事から帰宅して、ふとそのカレンダーに目が止まりました。
写真の中の息子は、満面の笑みを浮かべている。「ママ、見て!」と無邪気に駆け寄ってきてくれた、あの頃の息子。
それが今は——朝は起きられず、部屋に閉じこもり、話しかけても「うるさい」と返される。
「この笑顔に戻って」
カレンダーに向かってそうつぶやいた瞬間、涙があふれて止まらなくなりました。写真の中の笑顔と、現実の息子との距離が、あまりにも遠くて。
あの日から、カレンダーを見るたびに泣いていました。でもどうしても外せなかった。外したら、あの笑顔が本当に戻らなくなる気がして。
今、高校に通うようになった息子は、あの頃とは違う笑顔を見せてくれます。「今日学校で友達とこんなことがあった」と嬉しそうに話す息子。あの写真の笑顔とは違うけれど、新しい笑顔が少しずつ、確かに増えているのです。
今思うこと──完璧な朝なんていらなかった
息子は今、高校に通っている。
驚いたのは、高校に入ってから自分で早く寝るようになったこと。中学の頃はダラダラ夜更かしをしていたのに、「学校に行きたいから」と自分から生活リズムを整え始めた。
でも何より驚いたのは、処方されていた薬を、自分から飲み始めたことでした。
中学の頃は、いくら言っても薬を飲まなかった。「意味ない」「飲んでも変わらん」と言って、テーブルの上に薬のシートがそのまま残っている朝が何日も続いた。
それが高校に入って変わった。きっかけは、友達ができたことだった。
入学して1週間で一緒に帰る友達ができた息子は、「え?もう友達できたの?」と驚く私に、照れくさそうに嬉しい顔をしていた。同じ方面に帰る子たちとグループで行動するようになり、「明日も学校行きたい」と言うようになった。
そう言い始めた翌日の朝のこと。息子が出かけたあとにテーブルを見ると、薬のシートが1粒分、空になっていた。
何も言わなかったのに。私が寝ている間に、息子は自分で薬を飲んで学校に行ったのです。
「明日も友達に会いたい」——その気持ちが、中学3年間いくら言っても飲まなかった薬を飲ませた。親の言葉より、友達の存在のほうがはるかに強かった。
あの空になった薬のシートを見た瞬間の感動を、私は一生忘れないと思います。息子が自分の意志で一歩踏み出した証だった。
あの頃の私に伝えたい。
完璧な朝なんていらない。
毎朝ちゃんと起こして、朝ごはんを食べさせて、笑顔で送り出す。そんな朝を思い描いていたけれど、現実はそうじゃなかった。起こせなくて罪悪感を抱えたまま出勤する朝も、起こすのを諦めて静かに家を出る朝もあった。
でもそれは、母親の失格じゃない。
シンママは1人で全部やらなくていい。朝起こせなくても、午後から勉強できる環境を整えればいい。自分が完璧じゃなくても、子どもは自分のタイミングで動き出す。
息子が自分から薬を飲み、早く寝て、「学校が楽しい」と言ってくれる日が来るなんて、あの朝7時の戦場では想像もできなかった。
あなたも今、朝の戦いの最中にいるかもしれない。でも、出口は必ずある。


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