「なんでこんな簡単なことができないんだろう」
不登校、起立性調節障害——息子の問題はそれだけだと思っていました。でもある時から、それだけでは説明がつかない「違和感」に気づき始めたのです。
この記事では、中学生の息子にADHD(注意欠如・多動症)の特性があるのではないかと気づいた私の実体験をお話しします。
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中学生になって感じた「何かが違う」
小学生の頃は、そこまで強く感じていませんでした。中学受験の勉強も、私が立てたスケジュール通りにこなしていたし、塾の上位クラスにも在籍していた。「真面目で頑張り屋な子」だと思っていました。
もちろん小学生の頃から兆候はあったのだと思います。電気を消し忘れる、勉強中に頻繁にトイレに立つ、部屋が散らかる——でもそれを見ても「まだ幼いから電気の消し忘れくらいするよね」「子供だから勉強中にトイレに何回も行くよね」と、疑問にすら思っていませんでした。ADHDという言葉は知っていたものの、まさかうちの子に当てはまるなんて一切考えたこともなかったのです。
でも中学に入ってから、息子の様子が明らかに変わりました。いえ、正確には——小学生の頃には見えなかった特性が、中学生になって一気に表面化したのだと思います。中学生にもなって些細なことができない息子を見て、じわじわと「何かがおかしい」という違和感が膨らんでいきました。
集中力が続かない
とにかく、勉強への集中力が続きませんでした。
授業のノートを見ると、2行ほど書いてあとは白紙。家で勉強を始めても、すぐに近くにある物をいじり始めて全く進まない。
実際の息子の授業ノートです。どのノートを開いても同じような状態でした。

ノートだけではありませんでした。興味のないテストはほとんど解かないのです。受かりたい気持ちはあるものの、気を抜くとADHDの特性が出ていたのかもしれません。特に国語の長文をとにかく嫌がりました。

120点満点で26点。空欄だらけの答案を見るたびに「なんで解かないの」と聞きたくなりました。でも息子は解かないのではなく、集中が続かなくて解けなかった。好きな科目は驚くほどの点数を取るのに、興味のない科目はこうなる。ADHDの子の成績は、得意と苦手の差が激しすぎて、平均点では語れません。
これは中学受験の真っ只中に使っていたノートです。本人はサボっているわけでも、やる気がないわけでもない。一生懸命授業を聞こうとしているのに、こうなってしまう。悪気はない。これが特性なんです。

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同級生のノートを借りて見たとき、息子のノートとの違いに衝撃を受けたことがあります。みんなきれいに色分けして、板書をそのまま写している。それができない息子が怠けているように見えてしまう。でも違うんです。集中力が続かない、興味のないことには注意を向けられない——それがADHDの特性です。
いつになったら息子はちゃんとノートが書けるようになるのだろうと心配になることがあります。でも、たとえ大人になってノートが書けなくても生きていける。そう前向きに考える努力をしています。
息子がどうしても覚えられない範囲は、私が工夫して紙に書き、トイレの壁に貼っていたこともあります。

67のグループ(1167年/1467年/1867年)のように、数字でまとめると覚えやすくなることもありました。ADHDの子は「普通に書いて覚える」が難しいからこそ、工夫の引き出しを増やすことが大事だと学びました。
🧠 ADHDグレーゾーンの子に絶対やってはいけない5つのこと
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怒鳴る・比較する・取り上げる…親がやりがちなNG行動とその理由
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- 「なんで出来ないの?」と怒鳴る → 本人が一番分かっている。脳の構造の問題を努力不足と言われるのが一番傷つく
- 他の子と比較する → 「○○君はちゃんとやってるよ」は自己否定を加速させるだけ
- スマホ・ゲームを罰として取り上げる → ADHDの子にとって唯一の気持ちの切り替え手段を奪うことになる
- 長時間の勉強を強要する → 集中できるのは15分が限界。3時間座らせても実質15分しか頭に入っていない
- 「やればできる」と言い続ける → やりたいのにできない苦しみを否定する言葉。「やれる範囲でやろう」に変える
「やる気がないのかな」「反抗期だから勉強したくないだけかな」——最初はそう思っていました。でも、息子の目を見ていると、サボっているのとは違う。集中したくてもできない、そんな風に見えたのです。
何度言っても「できない」
日常生活でも、気になることが増えていきました。
- 朝から「靴下がない!」「充電器どこ!?」と大騒ぎするのに、私が探すと1分で見つかる——しかも目の前にある
- 毎晩「お風呂の蓋閉めてね」と言うのに、必ず開いたまま出てくる
- 「牛乳買ってきて」と頼むと、牛乳は忘れて見たことない調味料を買って帰ってくる
- 人の話を最後まで聞けず、私が「週末○時に出発するよ」と話している途中で全く関係ない話を始める
怒っても、注意しても、翌日にはまた同じことの繰り返し。「なんで何回言ってもできないの!」と何度叫んだか分かりません。
でも息子だって、わざとやっているわけじゃない。怒られるたびに「ごめん」と小さく言う姿を見て、私の方が胸の奥がギュッとなりました。
結局、財布と鍵にはGPSトラッカーをつけました。1年で何度なくしたか数えきれないほどだったので、もう「なくさないで」と言うより「なくしても見つけられる仕組み」を作るしかなかったのです。電気を消さない問題も、何百回注意しても変わらなかったので、もう言うのを諦めました。
- なくす→ GPSトラッカーで「なくしても見つけられる」仕組み
- 電気を消さない→ 注意し続けない。自動消灯やセンサーで対応
- 注意→ 本人は「言って直るなら、とっくに直っている」状態
中学3年生の始業式の朝。心を入れ替えたいと思った息子は、寝たら起きられないからと徹夜し、朝日を見に自転車で30分の山に向かいました。しばらくして連絡が来ました。「自転車の鍵をなくして帰れなくなった」。始業式早々の遅刻は避けたい。車の運転ができない私は、普段頼らない両親に電話して迎えに行ってもらいました。
あらゆる物をなくす息子ですが、持って出かけた大きなカバンを丸ごとなくして帰ってきたこともあります。「気づいたら持ってなかった」——あんなものをどうしたらなくすのか、謎です。
ある時、鍵はかけてある……けれど鍵をドアの外にぶら下げたまま遊びに出かけていたこともありました。理由を聞くと「持って行くとなくすかもしれないから、ドアにかけておけば確実に家に入れると思った」。物をなくす怖さと、先の事態を想像できない特性が同時に出ていました。
過集中という不思議な特性
一方で、不思議なこともありました。
「これをやりたい」と思ったことに対しては、周りが見えなくなるほど徹底的に取り組むのです。テスト前日の夜中に突然「ラーメンのスープを一から作る」と言い出して鶏ガラを煮込み始めたり、ギターの弦を張り替えるだけのはずが弦の種類にこだわり始めて半日消えたり。調味料へのこだわりもすさまじく、一味唐辛子だけで家に7種類あるほどです。
ADHDの脳はスポーツカーのエンジンを積んでいるようなものです。普通の道路(興味のないこと)ではエンストしやすいけれど、好きなことというサーキットに入った瞬間、誰よりも速く走れる。問題はエンジンの性能ではなく、走る場所を見つけてあげることだと思っています。
家では私の話を30秒も聞けない息子が、ギター店では30分黙って店員さんの話を聞いていた。興味のあることにだけ、この子の耳は開くんだと思い知った日だった。
勉強には5分と集中できないのに、好きなことには何時間でも没頭できる。この極端な差が、ただの「やる気の問題」では片づけられないと感じた最初のきっかけでした。
不登校中に息子が独学で始めた電子ピアノです。「時間を決めて教わるのが嫌」——ADHDの特性が、ここにも表れていました。

学校で突きつけられた「息子だけが違う」という現実
参観日の恥ずかしい出来事
忘れられない出来事があります。
学校の参観日、他の生徒たちは保護者が来るので机をきれいに整頓していました。でも息子の机だけ、教科書とプリントがギューギューに押し込まれて、はみ出している状態。
恥ずかしくて、私が慌てて片づけていると、周りのお母さんたちに笑われてしまいました。
息子の部屋も同じです。片づけても片づけても、すぐに足の踏み場がないほど散乱する。ゴミをゴミ箱に捨てることすらできず、床にポイと置いてしまう。何度言っても、何度一緒に片づけても、3日後にはまた元通り。

これも息子の部屋の一角です。脱いだ服がそのまま地層のように積み重なっていました。

とにかくプリントとテキストの管理が壊滅的でした。学校で配られたプリントは机に押し込んだまま持って帰ってこない。だから「面談の日が確定しました」という大事なお手紙にすら目を通せない。気づかないまま面談の日を迎えてしまい、何度も面談をすっぽかして先生に謝ることになりました。「お母さん、お手紙ちゃんと見てくださいね」と言われるたびに、恥ずかしさと申し訳なさで胸がいっぱいになりました。息子が持って帰ってこないのだから見ようがないのですが、先生にはそんな事情は伝わりません。
テキストもプリントと同じか、それ以上に深刻でした。プリントよりずっと厚みがあって目立つはずなのに、息子の口からは毎日のように「あのテキストがない」「このテキストがない」という言葉。荒れた机の上を一緒に探し回ったり、通学カバンを引っくり返したり——挙句の果てには学校に置いてあるのか家にあるのかすら本人も分からない状態でした。
仕方なく2冊目を買いに行って、ようやく届いたタイミングで「あ……あった」と1冊目がひょっこり出てくる。そんなことが何度も続いて、我が家ではいつしか主要科目のテキストは最初から2冊買うことが当たり前になっていきました。

「数百人の中で息子だけ」
ある日、先生からこう言われました。
その課題は、たった2文字の習字を書くだけのもの。何度も提出するように促されていたのに、最後まで出さなかったと。
なぜ。数分で終わるような課題すら出せないのだろう。不思議で、悔しくて、情けなくて、たまりませんでした。
先生から他の生徒との違いを具体的に聞かされるたびに、「もしかして、何か発達障害があるのでは?」という思いが少しずつ大きくなっていきました。
衝動性——予測できない息子の行動
息子は反抗期ではありましたが、ヤンチャなタイプではありません。学校に反発しているわけでもなかった。でも、ある瞬間にスイッチが入ると、衝動的な行動を止められないのです。
期末テスト中に学校を脱走
期末テスト期間中、私と喧嘩をしたことがありました。ちゃんとテストを受けているか心配になり、こっそり学校に確認しに行ったのですが、それが息子にバレてしまった。
怒った息子は、衝動的に学校を脱走してしまいました。
先生たちは「生徒が行方不明になった」と校内を探し回ったそうです。後日、校長先生宛てに詫び文を書かされ、何度も校長室に呼び出されました。
校長先生は驚いた様子でこう言いました。
家でも、スマホの使い方で喧嘩になると衝動的に家を飛び出すことが増えていきました。怒りの感情をコントロールできない——それは反抗期だけでは説明がつかない何かでした。
ADHDの不注意型——息子の特性とぴったり一致
ネットでADHDについて調べ始めました。ADHDには大きく分けて「不注意型」と「多動・衝動型」があることを知りました。
不注意型の特徴を読んだ瞬間、鳥肌が立ちました。
- 集中力が続かない(でも好きなことには過集中)
- 忘れ物・なくし物が多い
- 人の話を最後まで聞けない
- 整理整頓ができない
- 簡単な指示を忘れてしまう
- 課題の提出や期限を守れない
全部、息子のことだ。
私には兄と弟がいます。2人の中学時代を思い出してみても、息子とは全く違うタイプでした。親に言われたことはきちんと聞き、整理整頓もでき、学校のルールにはどれだけ嫌でもちゃんと従っていた。
そんな優秀な兄弟に挟まれて育った私にとって、息子の自由奔放すぎる生活態度は本当に理解できないものでした。「なんでできないの?」ではなく、「できない理由があるのかもしれない」——そう考えを変えたのは、ADHDという特性を知ってからです。
ただ、当時の私が知らなかったことが一つあります。ADHDの「多動」には、走り回る身体的な多動だけでなく、頭の中が常にざわつく「脳内多動」というもう一つの側面があること。息子が課題に取りかかれなかった本当の理由は、不注意だけでは説明がつかなかった——それに気づいたのは、ずっと後のことでした。脳内多動について詳しく書いた記事はこちら
ノートの取り方を改善するために参考にした本

振り返れば、私が「普通」にこだわってしまった背景には、私の親族は高学歴の人が多いことが大きく影響しています。親族はほぼ全員が医師で、「良い学校に行き、医者になるのが当たり前」という空気の中で育ちました。その価値観が無意識に染みついていたから、息子が「普通」の枠からはみ出すことが、どうしても受け入れられなかったのだと思います。提出物が出せない、片づけができない——それは高学歴の親族が多い家庭の「きちんとした」世界では許されないことでした。でも息子は、その枠の中で生きる子ではなかった。それに気づくまでに、ずいぶん時間がかかってしまいました。
私も限界だった
息子のADHDを疑い始めた頃、私自身も追い詰められていました。息子が学校に行けた日は気持ちが明るくなり、休んだ日は寝込むほど気分が沈む——出席に一喜一憂する毎日でした。息子の機嫌や体調に自分のメンタルが完全に支配されていたのです。
次第に外出することが怖くなりました。笑いながら通学する学生たちを見ると胸がぎゅーっと締め付けられ、前の学校の制服が目に入ると、あの頃の記憶がよみがえって胸が苦しくなる。心療内科に通い、鬱・睡眠薬・抗不安薬をもらいながらなんとか日々をやり過ごしていました。「なんでうちの子だけこんなことに…」——その思考が頭から離れなかったのです。
診断の壁——グレーゾーンのもどかしさ
すぐに病院を探し始めました。もしADHDと診断されれば、診断書を学校に提出することで理解を得やすくなるのではないか。息子が怒られ続ける日々を変えられるかもしれない。
でも、現実は甘くありませんでした。
発達障害の診断ができる病院は少なく、予約は2〜3ヶ月先が当たり前。息子が毎日苦しんでいるのに、何もしてあげられないもどかしさがありました。
結局、現在もはっきりとした診断は出ていません。「グレーゾーン」のままです。
ただ、医師である親戚や家族が息子の様子を見て、こう言っていました。
「何かしらの発達障害は、多少あるのかもしれないね」
息子にADHDの話を切り出した日
病院を探しながら、私にはもうひとつ大きな壁がありました。息子本人にどう伝えるかです。
正直、言い出せなかった。「ADHDの検査を受けに行こう」と言った瞬間、「そんな風に自分のことを見てたのか!」「ADHDなんかじゃない!」と激怒するんじゃないか。思春期の男の子のプライドを傷つけてしまうのではないか——怖くて、何日も言えずにいました。
でも、もし診断書がもらえれば学校に配慮をお願いできるかもしれない。息子が怒られ続ける毎日を変えられるかもしれない。そう思った私は、ある日思い切って話すことにしました。
「ADHDっていう特性のある子がいるんだけどね」——できるだけ軽い口調で切り出しました。「決して悪いことじゃなくて、むしろ賢い子に多い特性なんだよ。集中力がすごい代わりに、苦手なこともあるっていう」
緊張しながら息子の反応を待ちました。すると——
拍子抜けするほどあっさりした反応でした。TikTokやYouTubeでADHDの情報は山ほど流れてくるらしく、息子にとっては「今さら何を言ってるの?」くらいの感覚だったようです。
ハッとしました。私たち親世代は「ADHD」という言葉すら昔は耳にしたことがなかった。でも今の子たちはスマホでどんどん情報を取れる時代。ADHDなんて珍しいものじゃないと、息子はとっくに知っていたのです。出遅れていたのは、むしろ私の方だった。
その後、グレーゾーンだと伝えた時も、息子は特に気にした様子もなく、いつも通り料理のことばかり考えていました。
私が何日も悩んでいたのが嘘みたいに、息子はあっけらかんとしていた。
この経験で学んだことがあります。ADHDを深刻に捉えすぎていたのは親の方で、当の本人は案外「自分は自分」と受け入れているのかもしれないということ。もしまだお子さんに伝えられずにいるお母さんがいたら、思い切って話してみてほしい。意外と、子供の方が大人よりずっと柔軟に受け止めてくれるかもしれません。
ADHDは「ダメな子」の証じゃない
正直に言います。
息子にADHDの特性があるかもしれないと気づいた時、最初はやっぱり不安でした。「この子の将来はどうなるんだろう」と。夜中にスマホでADHDに関する記事を読みあさる日々が続きました。
でも、調べれば調べるほど、その不安は少しずつ薄まっていきました。
なぜなら、私の周りにはADHDの経営者や医師がたくさんいたからです。集中力が続かない、忘れ物が多い、衝動的に動いてしまう——そういったデメリットの特性がある一方で、得意なことを見つけた時にはとてつもない集中力で成果を出す。私にとってその人たちは、仕事ができる尊敬すべき存在でした。
ADHDかもしれないと周囲に話した時、驚いたことがありました。「実は自分もADHDだよ」と打ち明けてくれる知人が、何人も現れたのです。しかもその人たちは、社会で活躍している人ばかり。「ADHDって悪いことじゃないんだ。特性を活かせば、社会貢献だってできる」——そう思えるようになって、ようやく心が落ち着いていきました。
だから、ADHDそのものが心配だったわけではありません。
私が本当に心配だったのは、学校や社会に馴染めないことで、息子が自信をなくしてしまうのではないかということでした。
校長先生に「こんな生徒は過去に1人もいなかった」ときつく叱責された息子。でも息子の中では、おそらく「自分はそんなに変わったことをしたのだろうか?」という感覚だったと思います。周りが「異常だ」と感じることが、本人にとっては「普通」。その感覚のズレが、将来息子を苦しめるのではないか——友達に距離を置かれないか、職場で浮いてしまわないか、孤独な思いをしないか。一時は本当に悩みました。
実際に、中学では提出物が出せず、衝動的な行動を取り、先生から何度も叱られ、最終的に学校を辞めることになりました。息子の能力が低いわけじゃない。ただ「普通」の枠に収まることが難しかっただけなのです。
でも、知人のADHDの経営者たちを見ていると、「普通」の枠に収まれなかったからこそ、人と違う道で成功している人がたくさんいる。息子も、今は「普通」からはみ出して苦しんでいるけれど、いつかこの特性が武器になる日が来る——そう信じることで、私は自分自身を保っていました。
居場所がなくなっていく恐怖
塾にも通えなかった息子にとって、自宅で学べる環境が必要でした
片時もスマホを手放さなかった息子が、ある日は違いました。スマホを机に置いたまま、ベッドから出てこないのです。ゲームもしない。LINEも見ない。友達との通話もしない。あのスマホ依存の息子が画面すら見ようとしないということが、どれほど異常な状態か——私には分かりました。
声をかけると「うん……」と小さくうなずくだけ。いつもなら「うるさいな!」「部屋に入るなって言ってるだろ!」と叫んで反抗してくるのに、その日は何の抵抗もなかった。怒る気力すら残っていなかったのだと思います。
反抗してくれている方がまだ良かった。怒鳴られても、舌打ちされても、そこにはまだエネルギーがある。でもあの日の息子には、何もなかった。空っぽの目で天井を見つめているだけ。その姿は、反抗されるよりもずっと怖かった。
学校行事に足が向かなくなった時期もありました。行事への参加が難しかった——その孤独感は、発達障害への無理解と重なって、私をじわじわと追い詰めていきました。
高校生になった息子の言葉
今、息子は高校に通い、毎日笑顔で過ごしています。ある日の夕食時、ふと息子がこう言いました。
「ママ、僕、医者じゃなくてもいいよね? 自分のやりたいこと見つけるから」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと軽くなるのを感じました。高学歴の親族が多い家庭のプレッシャーの中で、私は無意識に息子にも「医者になること」を期待していたのかもしれません。でも息子は、自分の道は自分で決めると言ってくれた。不登校もADHDの特性も、この子の人生の一部。偏差値や職業で息子の価値が決まるわけじゃない——息子が笑って暮らせるなら、それ以上に大切なことなんてない。今では一緒に食卓を囲み、息子から「最近こんなことがあってさ」と話してくれる。かつて口もきいてくれなかった日々が嘘のようです。
それでも、完全には割り切れない自分がいる
ここまで読むと、私がすっかり吹っ切れたように見えるかもしれません。でも、正直に書きます。完全には割り切れていません。
ふとした瞬間に、胸が苦しくなることがあります。たとえば、小学生の頃の息子を知っているママ友に会った時。「最近息子くんどう?どこの高校に行ってるの?」と聞かれて、正直に学校名を答えると——一瞬、驚いた表情をされるのです。
決して息子が通っている高校のレベルが低いわけではありません。通信講座で頑張って、自分の力で合格を勝ち取った学校です。でも、あの難関中学校に合格したことを知っているママ友たちは、「あの子は将来医学部に行くんだろう」と思っていたようで。
「え、どうしてそうなったの? 何があったの?」
興味本位なのか、心配してくれているのか、分からない。でもその表情を見るたびに、胸の奥がチクリと痛むのです。
情けない、と思います。息子が毎日笑って高校に通っている。友達もできた。「めっちゃ楽しい」と言っている。それが最も大切なはずなのに。偏差値じゃない、息子に合った学校が息子の幸せだと、頭では分かっているのに。
それでもママ友の前で一瞬たじろぐ自分が、本当に情けない。
でも、これが正直な気持ちです。親だって完璧には変われない。長年刷り込まれた価値観は、そう簡単には消えてくれない。だからこそ、同じ思いをしているお母さんに伝えたい——割り切れなくて当たり前です。割り切れない自分を責めなくていい。「息子の笑顔が一番」と思える日と、ママ友の一言で揺らぐ日が、交互にやってくる。それでいいのだと、私は自分に言い聞かせています。
同じ悩みを持つお母さんへ
「しつけの問題でしょ」と言われていませんか
お子さんの行動に「なんでこんなこともできないの?」と悩んでいるお母さんへ。
もしかしたらそれは、お子さんの努力不足でも、しつけの問題でもないのかもしれません。
- 怒っても叱っても同じことを繰り返す
- 簡単なことが「なぜか」できない
- でも好きなことには驚くほど集中する
こんな特徴に心当たりがあるなら、一度ADHDについて調べてみてください。お子さんの行動の「理由」が見えてくるかもしれません。
周りに相談しても「男の子なんてそんなもんだよ」「もう少し厳しくしつけたら?」と言われるだけで、モヤモヤが消えない。ママ友に打ち明けたら噂になるんじゃないかと怖くて、結局誰にも本当のことを話せない——。そんな孤独の中で戦っているお母さんが、どれだけ多いことか。私もそうでした。
そんな時に救いになったのが、X(旧Twitter)で日々の悩みを書き出すことでした。気分転換というよりは、誰かに聞いて欲しくて、ただ吐き出していただけです。でもその投稿を見て、同じ境遇のお母さんたちがコメントをくれたり、不登校を経験した先輩ママがアドバイスをくれたりした。知らなかったフリースクールの存在を教えてもらったり、自宅学習ツールの情報をもらったり、とても勉強になることが多かったのです。
驚いたのは、不登校やADHDで悩む親がX上にものすごく多かったこと。私は発信を始めてわずか数ヶ月でフォロワーが4,000人を超えました。それだけ同じ悩みを抱えているお母さんがいるということです。対面では相談しづらいことでも、Xなら顔を合わせずに会話できるので気楽でした。夫に話しても「考えすぎだよ」で終わるし、ママ友には発達障害の話なんてできない。でも画面の向こうには「分かるよ」「うちもまったく同じ」と言ってくれる仲間がいた。あの繋がりがなかったら、私はもっと早く壊れていたかもしれません。
ただし、一つだけ注意しておきたいことがあります。Xには厳しいコメントを書いてくる人もゼロではありません。「甘やかしすぎ」「親がしっかりしないから」——弱っている時にそういう叱責の言葉が飛んでくると、心にどしんと重く押し寄せます。私も何度か傷ついました。Xでの悩み相談は合う人と合わない人がいます。心が弱っている時は無理に見なくていいし、辛いコメントはミュートやブロックで距離を取ることも大切です。
「私の育て方が悪かったの?」——それは違います
何度も自分を責めました。「私の育て方が悪かったから、こうなったのかもしれない」と。シングルマザーで十分に構ってあげられなかったから? 中学受験で追い詰めてしまったから? もっと優しくしていれば違ったのかも——夜中に何度、そんな考えが頭を回ったか分かりません。
でも、ADHDは脳の機能の違いによるものであり、しつけや愛情の問題ではありません。これは医学的に証明されていることです。あなたの育て方が悪かったわけじゃない。お子さんが怠けているわけでもない。ただ、脳の仕組みが少し違うだけなのです。
この子は将来、自立できるのだろうか
ADHDの子を持つお母さんの多くが、「この子は将来、就職できるんだろうか」「一人で生きていけるんだろうか」という不安を抱えています。私も同じでした。
でも先ほどお話しした通り、私の周りにはADHDの特性を持ちながら経営者や医師として活躍している人が何人もいます。ADHDは「できないこと」が目立ちやすい特性ですが、裏を返せば「好きなことへの爆発的な集中力」という最強の武器を持っている。得意なことを見つけて伸ばしていけば、この子たちは必ず社会で活躍できます。
大切なのは、「普通」に合わせることではなく、その子に合った道を一緒に探すこと。理由が分かれば対応も変わります。「なんでできないの!」から、「どうすればこの子に合ったやり方で進められるか」に変わる。その視点の転換が、親子関係を少しだけ楽にしてくれるはずです。
私たちの経験が、少しでも参考になれば嬉しいです。
ADHDの子に通信講座が合う理由
息子のADHD特性に気づいてから、勉強法をいろいろ試しました。その中で特にしっくりきたのが通信講座でした。理由はシンプルです。
- 1回15分で完結する——15分なら「もう少しやろうかな」と思える絶妙な長さ
- タブレットだから紙の管理が不要——プリントをなくす子には最適
- すぐに正解がわかる——解いた瞬間○×で脳の報酬系が満たされる
- 自分のペースで進められる——調子の良い日は2教科、悪い日は1単元だけでOK
- 親が口を出さなくていい——自宅学習が進捗管理。親子バトルが激減
「なんでできないの」と怒り続けた日々から、家庭学習に切り替えたことで、息子が自分から机に向かう姿を初めて見ることができました。ADHDの子に必要なのは、特性に合った「仕組み」です。根性論だけで解決する問題ではありません。
自己管理できないと気づいた息子の「今」
「口出しするな」と散々言っていた息子ですが、高校生になった今、少しずつ変化が見えてきました。
自分で自分のことが管理できないということに、やっと本人が気づいたようなのです。困った時には私に相談してくるようになりました。
勉強面では「課題で〇〇と〇〇が出たんだけど、先に〇〇を済ませた方がいいよね?」と優先順位を確認してきたり、一緒に出かけると、こう言って自分から預けてきたり。
以前なら「自分でできる!」と突っぱねていたはずのことを、素直に頼れるようになった。それは「できない自分」を受け入れたということでもあります。ADHDの特性はなくなりません。でも、自分の苦手を知り、それを補う方法を自分で考えられるようになった——これは紛れもない成長です。
息子なりに努力しようとしている姿を見ると、口出ししたくなる気持ちをぐっと抑えて、応援の気持ちで見守っています。あの頃「なんでできないの」と怒っていた私が、今は「頑張ってるな」と思えるようになった。息子だけじゃなく、私も少しは成長できたのかもしれません。
みっこの本音——気づくのが遅かった母より
ADHDの特性に気づくまでに、どれだけ「なんでできないの」と言ってしまったか。数えたくもない。でも気づいてからは接し方が変わりました。遅かったけど、気づけてよかった。息子が「自己管理できない」と自分で言い始めた時、この子なりに自分の特性を受け入れようとしているんだなぁと思えました。
- 中学で一気に表面化したADHDの特性。小学生時代の「まだ幼いから」は落とし穴
- ノート2行で白紙・プリントをなくす・課題を出せない——特性であって怠けではない
- 注意しても変わらない時は「仕組み化」で諦める(GPSトラッカー・2冊買い・自動消灯)
- ADHDの不注意型の特徴リストで「全部息子のこと」と鳥肌が立つ人も
- 子ども本人は案外あっけらかんと受け入れる。親が深刻に抱え込みすぎないで
- 15分完結・タブレット・即フィードバックの通信講座がADHDの特性と相性抜群


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