「起立性調節障害でも受験を続けていいのだろうか」
もしあなたが今この問いに苦しんでいるなら、我が家の記録が何かのヒントになるかもしれません。
小学6年生の11月——受験まであと2ヶ月というタイミングで、息子は起立性調節障害を発症しました。朝起きられない。模試の偏差値は急落。D判定。
それでも息子は受験を続け、第一志望の難関私立中学校に合格しました。この記事では、発症から合格までの全記録を書きます。
発症——受験2ヶ月前の絶望
小学6年生の11月のことです。
ある朝、息子が起きてきませんでした。何度声をかけても「体が動かない」「頭が重い」と言うばかり。最初は風邪かと思いましたが、日を追うごとに同じ症状が続きました。
病院に駆け込んで言われた診断名が「起立性調節障害」でした。
朝起きられない。午前中はぼんやりして頭が回らない。受験本番は午前スタート——これがどれだけ致命的か、受験を経験した方ならわかると思います。
それまで安定していた模試の偏差値が、全教科で5〜10下がりました。D判定。志望校の合格圏から一気に外れたのです。
3年間必死に走ってきたのに、あと2ヶ月というところで体が悲鳴を上げた。息子の顔から表情が消えていくのを見て、私は言葉を失いました。同じように受験直前にお子さんの体調が崩れた方、その苦しみは本当によくわかります。
医師の言葉——「過度なストレスが引き金です」
小児科の医師にこう言われました。
「過度なストレスが引き金になっています。3年間の受験勉強で自律神経のバランスが崩れたのでしょう。」
私は目の前が真っ暗になりました。
息子が苦しんでいるのは、私が中学受験を勧めたからだ。「中高一貫に入れば高校受験をしなくていいから楽だよ」と言って、3年間も過酷な勉強をさせてしまった。
息子の体を壊したのは私だ——そう思うと、自分を責める気持ちが止まりませんでした。
でも医師は続けてこう言いました。「お母さんのせいではありません。起立性調節障害はこの年齢の子に多い病気です。ただ、ストレスが症状を悪化させることはあります。」
頭では理解しても、気持ちはなかなか追いつきませんでした。
それでも「辞めたくない」と言った息子
受験をやめようか——そう切り出したのは私の方でした。
体が辛いのに無理を続けて、もっとひどくなったらどうするの。受験なんていつでもできる。今は体を休めよう、と。
息子はしばらく黙っていました。そして、こう言ったのです。
「落ちる自信しかない。でも、合格したい。」
矛盾した言葉でした。でもその矛盾の中に、息子の本気が詰まっていました。3年間頑張ってきた自分を、最後まで信じたかったのだと思います。
私は息子を抱きしめて「大丈夫だよ」と言いました。大丈夫かどうかなんてわからなかったけれど、息子がやりたいと言うなら、私は全力でサポートすると決めました。
お子さんが「やりたい」と言ったとき、その言葉を信じてあげてください。子どもは自分の限界を、親が思っている以上にわかっています。
薬とカフェインの試行錯誤
医師と相談し、血圧を上げる薬を処方してもらいました。それでも午前中のぼんやりは完全には消えません。
そこで試したのがカフェイン錠剤でした。医師に確認したうえで、午前の模試や塾の前に服用するようにしたのです。
効果はすぐには出ませんでしたが、薬とカフェインの組み合わせを調整しながら、少しずつ「午前中でも頭が動く時間」が延びていきました。
ある日の模試で、息子が帰ってきて開口一番こう言いました。
「全教科できた!午前の試験で初めて寝なかった!」
嬉しそうな顔を見て、胸がいっぱいになりました。たった1回の模試かもしれない。でも「やれる」という手応えを息子が感じてくれたことが、何より大きかったのです。
起立性のお子さんを持つ方へ——薬やカフェインの使い方は必ず主治医と相談してください。我が家はたまたま合う組み合わせが見つかりましたが、体質によって異なります。
塾から逃げ出した日
受験が近づくにつれ、息子の不安は大きくなっていきました。
ある日、塾から「息子さんが見当たりません」と電話がかかってきました。慌てて塾に駆けつけると、非常階段に息子がうずくまっていました。
「ママ……不安だよ。どうしたらいい?」
まだ12歳の子どもが、非常階段で膝を抱えて震えている。その姿を見た瞬間、受験なんかどうでもいい、この子を守らないとという気持ちでいっぱいになりました。
私は何も言えずにただ隣に座りました。しばらく2人で黙って座って、息子が落ち着いてから「帰ろうか」と声をかけました。
あの日のことは別の記事でも書いていますが、ここでは親としての気持ちだけを書きます。子どもが不安で押しつぶされそうになっているとき、親にできるのは「そばにいること」だけです。正解の言葉なんてありません。ただ、逃げずにそこにいること。それだけが親の仕事なのだと、あの非常階段で学びました。
38度の熱でも勉強した受験直前
受験の1週間前、息子は38度の熱を出しました。
「今日は休みなさい」と言ったのに、気づいたら布団の中で自由自在(理科の参考書)を読んでいました。
「やめなさい」と言おうとして、言葉を飲み込みました。息子の目は真剣でした。熱があっても、最後まで諦めたくないのだと、その目が語っていました。
起立性調節障害で朝起きられない。38度の熱がある。それでもページをめくる手は止まらない。この子は本当に合格したいのだと、改めて思い知りました。
親としては体調を最優先にしてほしい。でも子どもの「やりたい」を奪う権利は、親にはないのかもしれません。
受験本番——算数113/120点の奇跡
受験当日の朝、息子は奇跡的に自分で起きてきました。
薬とカフェインを飲み、朝ごはんを食べ、「行ってくる」と家を出ました。その背中を見送りながら、私はただ祈っていました。
試験が終わって迎えに行ったとき、息子は少し疲れた顔でこう言いました。
「算数、たぶんめっちゃできた。」
結果は120点満点中113点。
過去問で65点を超えたことがなかったのです。起立性調節障害でD判定だったのです。それなのに、本番で113点。
私は結果を見たとき、しばらく画面を見つめたまま動けませんでした。3年間の勉強、起立性の発症、非常階段で震えていた日、38度の熱で自由自在を読んでいた姿——すべてが報われた瞬間でした。
起立性をものともしない集中力。あれは息子の「どうしても合格したい」という強い気持ちが生んだものだと思います。
合格発表の夜
合格を確認した瞬間、息子は飛び跳ねて喜びました。
そしてその夜、何度も何度もこう繰り返しました。
「人生で一番嬉しい日だな。」
ご飯を食べているとき、テレビを見ているとき、お風呂に入る前——ふとした瞬間に「人生で一番嬉しい日だな」と呟く息子。12歳の子どもが「人生で一番」という言葉を使うほどの喜びでした。
私も嬉しかった。本当に嬉しかった。
でも今だから書けることがあります。この先に待っていたのは、不登校でした。
難関私立中学校に入学して1週間で起立性調節障害が再発し、息子は学校に通えなくなりました。あれほど喜んだ合格が、新たな苦しみの始まりになるとは、あの夜の私たちには想像もつきませんでした。
でも、だからといって受験したことを後悔してはいません。あの日の「人生で一番嬉しい日だな」は、息子の人生に確かに刻まれた成功体験です。
起立性調節障害のお子さんが受験を続けるなら
我が家の経験から、お伝えしたいことをまとめます。
1. 体調管理を最優先に
受験よりも体が大事です。当たり前のことですが、受験が近づくと親も子も見失いがちです。主治医との連携は絶対に欠かさないでください。
2. 午後受験を積極的に選ぶ
起立性のお子さんにとって午前の試験は不利です。午後入試がある学校を調べておくと、選択肢が広がります。我が家は午前受験でしたが、午後受験があればそちらを選んでいたと思います。
3. 通信講座という選択肢を持っておく
受験後、もし体調が悪化して学校に通えなくなっても、通信講座があれば学習を続けられます。我が家は中学入学後に不登校になりましたが、通信講座のおかげで高校受験にも対応できました。「もしもの時の備え」として知っておくと安心です。
4. 子どもの「やりたい」を必ず確認する
一番大切なのは、受験を続けるかどうかを子ども自身に決めさせることです。親が「続けなさい」と強制してはいけません。同時に、子どもが「続けたい」と言ったなら、その気持ちを尊重してあげてください。
まとめ|起立性でも受験は不可能じゃない。ただし子どもの声を聞いて
起立性調節障害を抱えながらの受験は、簡単ではありませんでした。でも不可能でもありませんでした。
息子が合格できたのは、本人の「合格したい」という強い意志があったからです。私はただ、その意志を支えただけです。
もしお子さんが起立性で受験を迷っているなら、まずお子さんに聞いてください。「どうしたい?」と。
子どもが「やりたい」と言うなら、親は全力で環境を整える。体調が悪化したら立ち止まる。その繰り返しで、我が家は合格にたどり着きました。
あなたのお子さんにも、きっと道はあります。


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