親族ほぼ全員が医師──「息子も医者にすれば安泰」という強迫観念
私の親族は、ほぼ全員が医師だ。
父も、叔父も、いとこたちも。家族の集まりでは「○○ちゃんは今年から研修医で」「△△くんは□□大学の医学部に受かって」という話題が当たり前のように飛び交う。
そんな環境で育った私にとって、「子どもを医者にすること=親としての成功」という価値観は、空気のように自然に染みついていた。
離婚してシングルマザーになったとき、不安で押しつぶされそうだった。経済的な不安、将来への不安。でもその中で一つだけ、強く心に決めたことがある。
「お金の面で苦労はさせない。学力という財産を息子に残してあげよう」
この決意自体は間違っていなかったと思う。でも、いつの間にか「学力という財産」が「偏差値の高い学校に入れること」にすり替わっていたことに、当時の私は気づいていなかった。
小6で仕事を辞め、受験伴走に全力を注いだ日々
息子の中学受験に向けて、私は小5から仕事を減らし始め、小6ではついに仕事を完全に辞めた。
貯金を切り崩す毎日。それでも、息子の受験を成功させることが最優先だった。
毎日やっていたことは──
・暗記カードを手作りして、通塾の電車の中で使えるようにした
・苦手ノートを作り、息子の弱点を一覧にまとめた
・間違い問題集を作成し、同じミスを繰り返さない仕組みを作った
6年生の塾代は年間100万円を超えた。シングルマザーの貯金からその金額を出すのがどれだけ大変だったか。でも、「この子を難関校に入れれば、この子の人生は安泰になる」と信じて疑わなかった。
そして、息子は難関私立中学に合格した。
合格発表を見たとき、私は泣いた。「やった。これで息子の将来は大丈夫だ」と。
──でも、本当の試練は、ここから始まった。
息子が「医者になりたい」と言ったのは、母を察してだった
息子は小さい頃から「僕、医者になる」と言っていた。
その言葉を聞くたびに、私は嬉しかった。「この子はちゃんとわかっている」「やっぱり環境って大事なんだ」と。
でも、ずっと後になって、息子はこう言った。
「お母さんが嬉しそうだったから、医者になりたいって言ってただけだよ」
この言葉を聞いたとき、胸が締め付けられた。
息子はずっと、母親の期待に応えようとしていただけだった。幼稚園の頃に離婚して、一人で頑張っている母の姿を見て、「僕が医者になればお母さんが喜ぶ」と、幼いながらに察していたのだ。
子どもは親が思っている以上に、親のことを見ている。そして、親を悲しませたくないから、自分の本当の気持ちを隠してしまう。
難関私立合格→不登校→退学。偏差値の高い学校が息子の幸せではなかった
難関私立中学に入学して数ヶ月。息子は朝起きられなくなった。
起立性調節障害の診断を受け、遅刻が増え、やがて不登校に。その後、ADHDのグレーゾーンであることもわかった。
必死に受験を乗り越えて入った学校に、通えなくなった息子。私は焦った。「せっかく合格したのに」「あれだけお金をかけたのに」「なんとか通わせなければ」と。
今思えば、この「せっかく」「あれだけ」という気持ちが、すべてを間違った方向に導いていた。
結局、息子は退学した。そして公立中学に転校した。
退学が決まった日、私は一人で泣いた。「全部無駄だったのか」「私のやってきたことはなんだったのか」と。
でも、無駄だったのは受験そのものではない。「偏差値の高い学校に入れること=息子の幸せ」と信じ込んでいた、私の価値観のほうだった。
高校生の息子が言った「医者は本当になりたい仕事じゃなかった」
公立中学に転校し、通信教育で学び直し、息子は高校に合格した。
高校生になった息子は、料理をするようになった。ギターを弾くようになった。筋トレを始めた。自分の好きなことを見つけ、自分のペースで毎日を過ごすようになった。
ある日、夕食を一緒に食べているとき、息子がふとこう言った。
「お母さん、僕やっぱり医者は本当になりたい仕事じゃなかったわ」
以前の私なら、この言葉にショックを受けていたと思う。でも、そのとき私は不思議と穏やかな気持ちで聞くことができた。
「うん、そうだよね。あなたが好きなことを見つけてくれたら、それでいいよ」
そう言えた自分に、少し驚いた。あんなに「医者にしなければ」と必死だった自分が、こんなにも変わったのかと。
価値観の転換──偏差値ではなく「息子が笑顔でいられること」
不登校、退学、転校。この経験を通して、私の価値観は根本から変わった。
偏差値が高い学校に入ること。いい大学に行くこと。医者になること。
それらは確かに「一つの幸せの形」かもしれない。でも、それだけが幸せではない。
息子が不登校で部屋に閉じこもっていたとき、私が一番願ったのは「学校に行ってほしい」ではなかった。「笑顔が見たい」──ただそれだけだった。
偏差値60の学校に通って毎日つらそうにしている息子より、偏差値に関係なく自分の好きなことをして笑っている息子のほうが、何百倍も幸せだ。
そんな当たり前のことに、私は息子の不登校と退学を経験するまで気づけなかった。
一緒に食卓でご飯を食べる日常の幸せ
今、私が一番幸せだと感じる瞬間がある。
それは、息子と一緒に食卓でご飯を食べること。
息子が作ってくれた料理を「おいしいね」と言いながら食べる。学校であった出来事を話してくれる。くだらない冗談で二人で笑う。
この「普通の日常」が、どれだけ尊いものか。
不登校で食事も一緒にとれなかった時期を経験しているからこそ、この日常のありがたさが身に沁みる。
偏差値でも、学歴でも、職業でもない。家族が笑顔で食卓を囲めること。それが、私にとっての「幸せ」の答えだ。
同じプレッシャーを感じている親御さんへ
もしあなたが今、「子どもをいい学校に入れなければ」「学歴がなければこの子は幸せになれない」というプレッシャーに苦しんでいるなら、伝えたいことがある。
そのプレッシャーは、本当にあなた自身のものですか?
親族からの期待、世間の目、「普通はこうあるべき」という常識。それらに縛られて、子どもの本当の気持ちが見えなくなっていませんか?
私は医師家系の中で、「息子を医者にしなければ」という呪縛に縛られていた。でも、息子が教えてくれた。偏差値よりも大切なものがあると。
お子さんの幸せは、偏差値の数字の中にはない。お子さんが自分らしく、笑顔で過ごせる場所にある。
道は一つじゃない。回り道をしても、立ち止まっても、大丈夫。お子さんはお子さんのペースで、ちゃんと自分の道を見つけていく。
それを信じて、隣で見守ること。それが、私が「偏差値=幸せ」の呪縛から解放されて、ようやくたどり着いた答えだ。


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